DI’s Works Vol.6
統括執行役員 石川雅仁×執行役員 吉田泰治
DIが仕掛ける産業プロデュース。社会課題解決のためのSIBの現在地と未来像とは

DIでは、「社会を変える 事業を創る。」というミッションを具現化するため、新たな事業を創出する産業プロデュースに取り組んでいる。その中で、国や自治体が抱える社会課題解決のための新しい手法であるSIB(ソーシャルインパクトボンド)という民間企業のノウハウと資金を活用した成果連動型で実施する仕組みを使ったファーストプロジェクトを押し進めた石川雅仁氏と、現在全国7自治体とのSIBのスキーム作りに奔走する吉田泰治氏に、SIBの現在地と未来像を聞いた。

統括執行役員
石川 雅仁(写真右)

早稲田大学理工学部卒業、早稲田大学大学院理工学研究科修了。住友商事株式会社を経て、DIに参加。DIでは、産業プロデュースの立ち上げメンバー。政府とも連携し、環境・エネルギー・まちづくり分野の産業プロデュース、インフラ国際展開の具体化に向けた戦略を策定。2010年~2015年にはDI上海の総経理として立ち上げを主導。2019年以降、SIBをテーマにした経産省との勉強会に参加。現在、愛知県豊田市とのSIBによる介護予防プロジェクトを統括する。

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執行役員
吉田泰治(写真左)

早稲田大学商学部卒業、エディンバラ大学 経営学修士、ケンブリッジ大学 不動産経済学修士。三菱銀行(現、三菱UFJ銀行)、マッコーリーグローバルプロパティアドバイザーズ(MGPA)(現、ブラックロック)、ルネッサンスキャピタルグループ(RCGI)を経てDIに参加。長年の金融業務経験を活かし、DIでは、「社会課題解決×金融」に取り組み、SIBをファンド化し運営中。新しいインパクトファイナンスのモデルを作り、社会課題の解決に挑戦している。

社会課題を解決する新たなスキーム「SIB」

――DIが、SIBに取り組みはじめたきっかけを教えてください。

石川
我々DIは「社会を変える 事業を創る。」というミッションを掲げ、クライアントに対して新しい価値を提供するビジネスプロデュース(事業創造支援)を行っています。このビジネスプロデュースは、社会課題の解決を起点に新規事業を創出する「産業プロデュース」と事業構想を事業化するための戦略を策定する「ビジネスプロデュース」の両輪で成り立っています。この方針のもと、現在、DIではさまざまなご支援をさせていただいていますが、一方で、クライアントワークだけを行っていると「自分たちの知識が枯渇してしまうのではないか?」という危機感も同時に感じていました。そこで、メーカーが研究開発をするのと同じように、我々も研究開発活動を行おうと考えたのが始まりです。

2019年に経済産業省と勉強会を立ち上げ、新たな事業の可能性を広げるためにいくつかのテーマを検討しました。そのなかで、これだ!と思ったのが「SIB=ソーシャルインパクトボンド」だったのです。

SIBとは、行政が民間の資金とノウハウを活用して行なう成果連動型の事業のことで国や自治体が抱える社会課題を解決する新しいスキームとして、極めて高い可能性を感じました。PFS(Pay For Success:成果連動型の民間委託契約方式)に自ら資金調達する「金融」の機能を掛け合わせるスキームは、DIの産業プロデュースの考え方に馴染み深いもの。社会課題解決のために既存の枠組みに別の機能を掛け合わせて新たな価値を生み出す、それはまさにDIが得意とする取り組みなのです。

SIB(ソーシャルインパクトボンド)についてはこちら
事業概要:ソーシャルインパクトボンド

――SIBを活用した社会課題解決の方法とは、どんなものなのでしょうか?

石川
これまでも多くの社会課題解決型事業を手掛けてきましたが、社会に有益な事業で且つ、ビジネスとして成り立つ例は、じつはあまり多くありません。立派なことをしているにも関わらず、事業としては収益化できていないということですね。何故なんだろう?と社内で議論を続けた結果、その原因はお金の流れを設計できていないことにあることがわかりました。そこで、資金をスムーズに循環させる手法として、SIBが効果的であるとなったのです。

例えば、愛知県豊田市の場合、介護が大きな社会課題となっています。既存の介護予防事業の多くは、参加者(高齢者)がお金を支払いますが、高額だと参加者が増えず、逆に安価だと事業規模が小さくなり、収益が出にくいという課題があります。逆に、事業運営を自治体が行えば参加者の負担は軽くなる一方で、自治体がさまざまなプログラムを管理・運営することは難しいのが現状です。

そうした課題を踏まえ、豊田市において、豊田市、市内の高齢者、プログラムを提供する事業者、民間取り纏め組織、そして資金調達機能を組み込んだSIBのプロジェクトを立ち上げました。DIがファンドを組成して事業資金を調達することで事業者は円滑にプログラムを運営できるようになり、また、プログラムを提供する事業者をDIの子会社が一括して管理・運営することで自治体の負担を軽減できるようになりました。現在、40以上の事業者による、50超のプログラムが提供されており、市内の高齢者は質の高いプログラムを楽しみながら健康を維持することができるだけでなく、事業者も従来以上に安定的な資金確保ができるうえ、多くのアイデアを形にできるようになったのです。そして、自治体は民間企業のノウハウを活かすことができ、プロジェクトの成果に応じた報酬を支払います。この介護予防スキームに関与しているステークホルダー全員がWin-Winの関係にあり、これらの活動を通じて社会課題を解決できる、これぞDIの産業プロデュースの真骨頂だと考えています。

前例がないことへのチャレンジ

――豊田市との交渉で、難しかった点はどんなことですか?

石川
何を持ってこのプロジェクトの成功と定義づけるかは、じつは非常に難しいものです。だからこそ、事業の成果指標であるKPIは、できるだけシンプルにするように心掛けました。

具体的には、①参加者、②継続者、③要介護リスク点数の低減度を指標にし、①と②はその人数、③はアンケート等で参加者と非参加者を区別し、その差を比較します。加えて運用する際に手間ばかりが増えないよう心掛けました。

また、実際の評価にあたっては、一般社団法人日本老年学的評価研究機構(JAGES)にて当該プロジェクトの介護予防への貢献度を評価しています。

そして、とくに難航したのが、自治体の予算です。

吉田
豊田市のプロジェクトでは、「5億円の予算で10億円の介護費を削減すること」を目標に掲げました。もともと、介護保険制度の財源構成は、50%を被保険者の介護保険料でまかない、残りの50%を公費でまかなう仕組みです。公費の内訳は国庫負担金20%、調整交付金5%、都道府県負担金12.5%、市町村負担金12.5%。つまり、削減予定の介護費10億円のうち、本来、市が負担すべきは10億円の12.5%、つまり1.25億円で良いにもかかわらず、このプロジェクトでは、自治体自ら5億円を投じる設計でした。
従来の介護保険制度以上の予算を割いてまでこの事業に取り組む意義は何なのか。当初、予算を立てて取り組む意義が見いだせず、本件プロジェクトはスタックしかけました。
当然ですよね、10億円という削減効果のために、本来1.25億円の負担で良いはずが、5億円もかかるとなるのですから。

DIとしては、県や国にもこの事業に予算を割くように交渉しましたが、やはり前例がないプロジェクトではなかなか納得を得ることができません。そこで、三菱UFJ銀行様などから企業版ふるさと納税の寄附を賜り、豊田市が用意する予定だった事業予算の5億円をまかなうことにしました。企業版ふるさと納税制度を利用することで寄附を行った企業は支払った金額の最大約9割の税額控除を受けることが可能になります。この方向転換は、本プロジェクトの重要なターニングポイントであり、DIらしいと言ってもいいかもしれませんね。何よりこの寄附をして頂いた企業には心から感謝しています。最終的に、この企業版ふるさと納税の利用がスタックしていたプロジェクトを前に推し進める大きな原動力になりました。

こうした予算の課題は、現在連携している7自治体でも同じです。それぞれの市に由来のある企業や経営者に企業版ふるさと納税をお願いして、志のある方々に協力していただき、事業予算を確保しようとしています。

石川
SIBの事業は、志のある自治体と志のある企業が存在しなければ始まらず、その2つの志をつないでいるのが私たちDIだと考えています。そして、その志と世の中をよくしたいという想いが、社会課題を解決するための大きなエネルギーをかたちづくっていくと考えています。

豊田市の取り組みの現状と、今後のSIBの展開

――SIBへの理解を深める鍵となる豊田市のプロジェクトの現状を教えてください。

石川
我々は豊田市において2021年7月から、SIBの仕組みを活用した介護予防事業に取り組んでいます。様々なプログラムを市内高齢者に提供し、社会参加の機会を担保することで、最終的に豊田市における介護費の削減を実現することを目指しています。プロジェクト開始から2023年6月末時点で約2年。この事業は5年間継続し、1年間で5000人の参加者を獲得することが目標です。1年目は、特に前半の新型コロナの影響もあって2600~2700人と低調。かなりヒヤヒヤしましたが、2年目は5000人の目標を達成。2年が経過した今、このプロジェクトが地域に根付きつつあるのを確実に感じています。

豊田市介護予防実績(3年度)

 

SIBに関する取り組みについてはこちら
時事通信ニュース(時事ドットコム)
ジチタイワークス

――DIが思い描くSIBの可能性とその展望についてお聞かせください

石川
これまではクライアントの新規事業を立ち上げ、伴走しながら成功に導くことが、DIが手掛けてきた産業プロデュースやビジネスプロデュースの仕事でした。しかしSIB事業は、まったく新しい手法です。だからこそ、まずは我々がこの事業を成功させ、その過程で得られた知見を他の自治体や将来のクライアントワークに活かしていきたいと考えています。

頭の中で考えていたことと実現の過程でのギャップを知ることは、DIで働くビジネスプロデューサーにとっては、とてもいい経験です。自ら経験し、DIらしさを活かしながら、新たなスキームとして世の中に展開していく。社会課題の解決がビジネスになるという理解を、より広げていけたら本望です。

吉田
広がりという点でいうと、豊田市では介護予防をテーマにしていますが、SIB事業はインフラの老朽化対策や防災等のテーマに展開することも可能です。そして大きな社会課題ほど、得られる利益は大きくなると考えています。

大阪府北部地震で小学生がブロック塀の下敷きになり亡くなった事故を受け、国は232億円を投じて総点検を実施しました。これを事故が起こる前に、予防から取り組んでいれば掛かる費用をもっと抑えられていたはずです。何より、人命が失われることはなかったと思います。

自治体として、将来起こるかわからないことにお金を出せないなら、その不確定要素というリスクを金融が取り、取ったリスクに見合うリターンを得る。つまり、ファンドを組成して事業資金を調達し、顕在化していない社会課題に対して先行して資金を投じ、課題を解決してリターンを得る。それがこのSIB事業のポイントであり、利点です。それを結果として見せるためにも、豊田市のプロジェクトでDIがSIB事業の可能性を切り開き、この仕組みをより多くの自治体が導入するきっかけとなるようにしていきたいと思います。

――最後に、SIB導入を検討している方々にメッセージをお願いします。

吉田
地域創生、地域再生という声が全国各地で上がっていますが、SIBはそれを実現するためのよい仕組みになりえます。そう考えているのは、DIだけではありません。

地域に根ざした金融機関は、お金を預かったり貸したりすることだけが仕事ではなく、地域が抱える課題を解決し、地域の住民や企業に利益を還元することも重要な役割だと考えています。DIのファンドに出資する地方銀行がまさにそうで、彼らはSIBで地域の社会課題を解決したいと考えています。こうした地域金融機関と積極的に連携し自治体へのSIBの説明や交渉などで協力をしてもらっています。とても強い味方を得たと思います。

そのなかでDIは、得意とする仕組み作りと仲間づくりを行うことで、自治体が「私たちもSIBを活用して社会課題解決の一手を打たなければ!」と思える流れを生みだし、多くの地域、社会に貢献できればいいなと思います。

最後に少しSIBを超えたお話をさせてください。いま介護予防SIBに取り組んでいますが、これを、介護予防やSIBという領域だけにとどまらず、何か新しい産業を生み出すようななことにも繋げていきたいと思っています。高齢者コミュニティから生まれる新しい産業の創造とでもいいましょうか。言うなれば、「健康コミュニティ産業」の創造です。このコミュニティでは、高齢者の健康維持を目的とした活動や交流の場ができるだけでなく、その場所を提供する自治体、そこで活動する事業者やこうした企業を支援する地域金融機関からどんどん新しいアイデアが生まれ、地域が活性化し、新しい産業が生まれる、みたいなことを仕掛けていきたいと思います。

石川
自治体、民間ファンド、民間事業者、サービス対象、評価機関が連関するSIBのサークルを見ると、この仕組み自体は機能的で簡単なことに思えます。ですが、実際にそれを円滑に運営するのは難しいものです。

だからこそ、DIがさまざまな自治体や企業と連携して得た知見が活きてきます。とはいえ、このSIBの仕組みがDIしか実現できない仕組みであっては、社会課題解決という点ではまだまだです。

この事業を行なうのは、世の中の人みんなが幸せになってほしい、という志から始まっていますし、豊田市の方も「このモデルがもっと増えていくといい」と話してくれています。そのためにも、さまざまな社会課題の解決に向けて、DIがこれまで培ってきた構想を生み出す力、仲間づくりの力、それをビジネスモデルで束ねていく力を駆使しながら、多くの仲間・応援団と共に、介護、そしてそれ以外の社会課題解決の道も切り開いていきたいですね。