MUFG 代表執行役専務 林尚見氏 × DI社長 三宅孝之
「変化を恐れない気持ちが生みだしたコラボ。
2社がつくりだす新しい価値」

2022年より本格的に始動した三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)とドリームインキュベータ(DI)の取り組み。今回の対談では、両者の交流の経緯、今後取り組むべき具体的なテーマ、社会に与えうる影響などについて、存分に語っていただきました。

Profile

三菱UFJフィナンシャル・グループ
代表執行役専務
コーポレートバンキング事業本部長
三菱UFJ銀行
取締役副頭取執行役員
コーポレートバンキング部門長
林 尚見氏

ドリームインキュベータ代表取締役社長COO
三宅孝之

 

「知的戦闘集団」ともいえるDIの力を借り、メガバンクの建て付けを直したい(林氏)

――初めに、MUFGとDIの交流の経緯をお聞かせください。

三宅:
私が林さんと話をするようになったのは7、8年前からです。林さんは我々が「ビジネスプロデュース」「産業プロデュース」という視点で動いていることをご存じで、面白そうな奴らだと思われて声を掛けてくださったのだと思います。その際、僭越ながら「銀行は昔のビジネスモデルのままだと厳しいですね」という話をいきなりさせていただいた記憶があります。

その一方で、我々は、既存の業界の組み直しやルールの変化によって新しい産業が生み出される瞬間を多く見てきました。その感覚から言うと、最初は産業ではなく事業かもしれないが、小さな芽を自らが関わりながらどんどん生み出していければ、銀行のファイナンスの機会は自動的に増えてくるのではないかとも申し上げました。

ただ、既存の業界を組み直すのは業界単位では難しく、つなぎ合わせやつなぎ替えが必要になります。その過程で、新しくルールをつくるときに金融はキーになる。そのような話をしたところ、「DIの能力や方法論をインストールできるといいかもしれないね」と、ご提案いただきました。
その後、2021年から準備を始め、2022年4月に新たな部署が創設されて本格的な稼働に至ります。

林:
私はこれまで、いくつかのコンサルティングファームと仕事をともにする経験がありましたが、概念は立派だけれど、やっていることがコモディティ化しているという印象を抱いていました。我々は、戦略・戦術の実現・実装を考えねばならないし、政府・官僚の考えや国のルールに対して「一緒に走れるか、走れないか」というところに踏み込まない限り、いくら空理空論を振りかざしても世の中は何も変わりません。けれど、DIは、適切な表現かどうかわかりませんが、“戦闘能力”が高そうな印象を受けたのです。自らルールを作ろうとしている人たちにアクセスし、実装しうる戦略・戦術を示しておられるように見えました。

一方、我々の立ち位置はどうでしょう。経営企画の担当役員を終え、フロントラインに出てきてお客様のお話を聞いてみると、メガ金融グループ、特に銀行に対して何も期待されていない。求める金利でお金を貸してくれたらそれでいいというような空気を私は感じました。

もちろん、お客様に悩みがないわけではありません。事業ポートフォリオの見直し、新規事業の開拓、環境エネルギーのトランジションへの対応、業務プロセスのデジタル化、ハイパーインフレーションと、問題が山積している。こういうときに誰に相談しているのかというと、コンサルティングファームとPEファンドで、銀行の出番ではない。

しかし、我々に対する役割期待を変えるためには我々自身がもっとお客様の事業の実態を把握し、一緒にお客様の土俵に上がってアクションしないと存在意義がないわけです。

そのときに我々の能力を開花したいのなら、DIのように知的で実装に関しても強みを持ってらっしゃる方々と一緒に取り組むことが一番の近道だと思いました。

――コーポレートバンキング事業本部の中期経営計画の目指す姿として「お客様と事業リスクを共にし、共に成長する」とありますが、この真意は?

林:
私が入行した当時、上司だった貸付課長が自慢げに「社長が持つ盆栽や会社が保有する建機の価値を見極めて融資取引をしたものだ」と語っていました。そうやって「モノ」の価値を見極めて、融資をしていたと。翻って考えると、いまの銀行はモノの価値を測れなくなってしまった。モノの価値を測ることを諦めて放棄したときから、世の中の役割・期待が激しく凋落したと思うんです。

我々はお客様からバランスシートを開示していただいているのに、資産項目の勘定科目一つひとつに対して、わからないと思ったらすぐゼロ評価にするという安易なやり方をしてきました。お客様に対して「実質債務超過です」と勝手な判断をしてしまうケースが、20年ぐらい前には結構あったのだと思います。

その頃から、お客様のバランスシートの負債の部にいくら借入があって、それを返せるだけのキャッシュフローが年間どれぐらい上がるかのみに興味を持つようになった。銀行と証券の役割分担の話もあって、資本の部の話に対しては興味を持たず、債務のところを健全にきれいに回せたらそれでいい、と。

バブルの反省もあり、自分たちの役割を自ら狭めてしまったから、我々はコンサルティングファームにもPEファンドのような相談相手にもなれず、その後、マイナス金利で資金余剰になり、ますます役割・期待を逸失した。その建て付けを直すためにも、DIのような知的武装勢力と一緒になり、お客様とリスクを共にする方法を考え実践することが大事だということです。

世の中の構造に踏み込む深く考え抜く力と、ポイントを押さえた投資が必須(三宅)

――林様はDIを戦闘能力という言葉で評価され、その後、MUFG内部に「産業リサーチ&プロデュース部」と「事業共創投資部」が創設されました。

林:
この十数年常に資金余剰だったので、お金を借りる、貸すという行為の希少性がどんどん下がっています。なのに、お客様は優しいから、かつてのように「銀行さん、銀行さん」と持ち上げてくださる。我々はそれに気づかず、いままで通り慣性の法則で営業を続けている。そこから脱却するためには、三宅さんが仰ったようなアプローチは絶対的に必要です。

20年ほど前、我々は営業本部を投資銀行事業の組織構成を真似て、業界別に担当を分けました。けれど、銀行は投資銀行事業そのものとは違いますので、商業銀行をそのように組織再編しても、決算説明を聞いているときに土地勘が共有できるぐらいで、目に見える効果が上がらなかった。そんなことをしている間に、セクターと向き合っている担当者が、専門外の業界のことが何もわからない状態になってしまいました。

我々がいま向き合うべきは、デジタル、環境、エネルギーといった業界横断の横軸のテーマです。横軸のテーマによって縦軸の業界担当ラインを貫くように串刺しにしていかないと顧客基盤は活かされないし、お客様のニーズにも応えられない。その横串を通すため銀行内にこしらえたのが、「産業リサーチ&プロデュース部」と「事業共創投資部」です。

「産業リサーチ&プロデュース部」は、環境エネルギー、フードロス、半導体・量子コンピューティング、宇宙ビジネスといったいくつかの横軸の横断テーマを持っていて、その中には当然、三宅さんたちが以前から気づいておられるトピックがある。例えば、送配電の世界で新しい地平を切り開くといったことに対し業界横断的に取り組めるようになると、我々の業界別担当の組織構造も活性化するのではないかと考えています。

絶対的に駄目なのは、この新しいチームをお勉強部隊にしてしまうこと。調べたことを発信するのではなく、意識的にリスクを取って物事に取り組まないといけません。だから、横に投資する機能も置かなければということで、「事業共創投資部」も一緒にこしらえました。

三宅:
私たちとしては、林さんがご自身の問題意識をそのまま組織の形にされたという印象を受けました。林さんがコーポレートバンキング事業本部のトップになられてからの動きは本当に凄まじくて(笑)、想像を超えるスピード感でいろんなことをされています。相当、頭の中で熟成されておられたのだろうと感じますね。

テーマを追う部署と投資を行う部署に関しては、私も分けた方がいいと思っていました。「産業リサーチ&プロデュース部」を動かしていくためには、世の中の構造に踏み込み、考え抜く力が必要です。さらに、霞が関や永田町、あるいはそれ以外のプレイヤーと議論をビジネスモデルの設計も含めて詰めていかなければなりません。

一方の投資ですが、我々DI自身がベンチャー投資を20年やってきて、酸いも甘いも体験してきました。投資家としての大変さは、産業リサーチ&プロデュースとは思想からして全く違うものが要求されるので、部署を二つに分けたのは正しい判断だなと思います。

林:
私たち、コーポレートバンキング事業本部のトップラインである粗利益は約6,000億円です。一般事業会社の営業利益にあたる営業純益は約3,000億円ある。このトップラインと利益の大部分を稼いでいるのは、営業本部を始めとする大企業取引を担うフロントラインが所管するそれぞれ40兆円の預金と貸出のストック収益です。

当社の社長の亀澤は「両利きの経営」という言葉をよく使います。ストックビジネスの「深化」と併せて新たな領域を切り開く「探索」を行わなければ経営にはならないよ、と。後者はDIと一緒にやっている取り組みが、いつの日か投資の果実として収穫できると信じてやっていますけれども、並行して向こう5年ぐらいは、それぞれ約40兆円のアセットをどうやってさらに収益化していくかが非常に重要です。

加えて、コーポレートバンキング事業本部で働いている人たちに、将来に対する希望を明確に感じてもらい、収益性を高めながら新しい事業をスケールさせていかなきゃいけない。そのため新しい取り組みだけにフォーカスするのは、事業本部の経営としては間違いなのです。そこは正しくご理解をいただきたいと思っています。

ただ新しい取り組みの中でも、私はモノの価値を正しく測るという点についてはストックビジネスにおける深化にもつながってくると信じています。担当者自らの事業の見立てを踏まえたプライシングを行うことで、外部格付の変動や過去からの慣習に頼った考え方から脱却することについても大きく期待しています。

業界のしきたりを飛び越え、俯瞰で物事を捉えることができるのが林さん(三宅)

――林様に伺います。DIと一緒に新たな部署をつくった意義をどのようにお考えですか。

林:
当行全体として莫大な預金をお預かりしていますが、その半分ぐらいしかお貸し出しには向いていません。残り100兆円ぐらいは、日銀と我々の間で社会課題解決の観点からは殆ど意味のない資金循環となっています。

財政も経常赤字です。我々自身が日銀当座預金からお金を引き出し、社会を変えるためにそのお金を仲介しない限り、我々のビジネスも持続可能ではありません。我々は国と表裏一体ですから、国が沈めば結果として自分たちも沈む。そうならないためには、資金仲介機能を正しく発揮させる必要があるので、DIとの共同作業が必要だと私は思っています。

――DIとしてはメガバンクのMUFGにどのような可能性を感じていますか。

三宅:
大抵どのような業界の方でも、業界のしきたりを前提に物事を考え、その範囲内で動いています。でも、その範囲を超えたところ、例えばヘルスケアと自動車とデジタルを組み合わせるなど、そういった新しい発想の中にビジネスは生まれます。そのような俯瞰した視座を持つ方は少ないのですが、林さんは俯瞰できる。そういう視座、発想を持っていらっしゃるのはすごく大きいですね。

一方で、政府側も同じ悩みを抱えています。というのも、高度経済成長期の頃のように海外に見本があるわけでわけではないにもかかわらず、民間側から本質的な産業創造やビジネス創造の提案がない中で政府がメインで政策を作ると、政策も上手く機能しません。そういう状態は政府にとっても恐怖でしかないのですよと林さんにお話ししたら、「それは大変だ。是非、良いものを作ってインプットしないと」と仰ってくれました。

既にMUFG、三菱UFJ銀行と一緒に、いろんな企業に行って議論・提案をしてみましたが、私たちが単独で行くときとはまた違うお迎えのされ方をするというか(笑)、とても大事にされますね。

私はいまもメガバンクにパワーがあると感じますし、先ほどのような組み合わせをともに補完していただければ、面白いことができると思っています。我々も、知恵と戦闘力は多少あるかもしれませんが、我々だけだと突破できない部分もありますので、レバレッジしていただけることは大きなパワーになります。

――2社が歩んでいく具体的なスケジュール感、ロードマップはありますか。

林:
私はいま、“階段経営”という言い方をしています。事前に計画を一所懸命考えても、ウクライナ侵攻のようなことがあるとゲームのルールがすべて変わってしまう。なので、中長期的な計画ではなく、前期比、前同比に着目し、利益を確実に増やしていく。
そのため両者での取り組みについても「いつまでに」というわけではなく、とにかく昨日より進化する、それがすべてだと思っています。その一環として、事業の実態を正しく理解し、価値化・定量化することが叶うようになれば、次の日にお客様と行う議論・交渉がこれまでとは違う形になるだろうと期待しています。

DIの知恵を拝借し、変化を恐れずに新たな存在意義を確立するべき(林氏)

――三宅様に伺います。「産業リサーチ&プロデュース部」と「事業共創投資部」の具体的な取り組みとしてイメージされているテーマはありますか。

三宅:
「産業リサーチ&プロデュース部」では、少子高齢化、資源、フードロスに関心があります。特に少子高齢化は大きな問題ですが、未だに良い解決策が見つかっていません。銀行が超大型テーマである少子高齢化問題に向き合うことは革新的で、そこにチャンスがあるはずです。

「事業共創投資部」としての活動は、部署設立前の昨年から先行してMUFGのお客様の元を一緒に回りさまざまな提案をさせていただいていますが、手前味噌ながら、いままでのMUFGとは一味違う話ができているように感じています。将来的にはMUFGのお客様が絡んでくる可能性もありますね。

――少子高齢化問題への向き合い方について、具体的にお聞かせいただけないでしょうか。

三宅:
政府は、少子高齢化の対策、特に介護に要する補助を“コスト”と整理していると思います。コストである限り、医療事業者と介護事業者にかかるお金はできるだけ安い方がいいという結論になる。そうなると、産業としては成長しません。

例えば、パパママストアはいま、すごく苦しいわけです。でも、コンビニみたいにマニュアル化や効率化を進めて競争力を上げていくと、商品力もブランド力も向上し、収益も増え、それが次の新しい投資余力になる。こうなったサービス業は、海外で外貨を稼げると感じます。

つまり、介護費や医療費もコストとしてとらえるのではなく、産業をつくる投資だと考える。そこにMUFGが投資をすれば成長するかもしれませんし、そんな発想を国全体でしたら――というところでしょうか。

林:
三宅さんがお話しされると、プロデュース的な発想になる。それは銀行に無いモノの見方で、我々はそういう勉強をしなければいけません。

併せて、みんなが当たり前だと思っているが実態が知られていないことへ関心を集めることも重要だと思っています。たとえば、水の供給が止まらないと水道管のネットワークのありがたさは中々わからない。水は塩ビ管で給水されていますが、塩ビ管がなくなったらどうするのかということについて、多くの人は何の興味もない。そこを掘り下げて、塩ビ管がメートル当たり幾らの単価でつくられて世の中に提供されているのか、20年後、30年後に必要なのかと議論を深めることで、世の中の見え方が変わってきます。

さらにその前提として、いまの安心・安全な世界がどうやってつくり出されているのかをもう一回紐解かないといけない。そういうことをすっ飛ばして、化学会社の連結バランスシート云々という話をしていては、素材供給に対するモノの見方が浅いと言わざるをえません。素材について掘り下げ、実態を把握し、そこに必然性があるのなら銀行も資金を供給していく、そういう仕組みづくりが大切だと思います。

ほかにも私が読んだ本には、GHG(温室効果ガス)をコントロールするには、冷媒を変えること、陸上風力をつくることに次いで、3番目にフードロスをなくすことが大切だと書かれていました。けれど、温室効果ガス抑制のためにフードロスをなくそうとは誰も言わない。そういったところを紐解き、川上から川下までをつなげていくべきという問題意識があります。

三宅:
林さんは角度を変えてものを見ることを恐れないから、いまみたいに「言われてみればそうだよな」と驚かされることが多いんです。我々の仕事で切り口を変えることはとても大事で、経済均衡点を考えるにしても、林さんの視点や発想にはすごく助けられていますね。我々としては「産業プロデュース」そのものに新しい風を入れられるのではないかと期待しています。

――最後に、メッセージをお願いします。

林:
我々はストックビジネスの典型ですから、昨日と今日と明日が変わらないことが最善なんです。けれど世の中は、想像もつかないスピードで変化していく。いまは、メガバンクとしての存在意義を新たに確立できるのか、それとも死に絶えるかの瀬戸際です。大切なのは、これまでの業界内の常識や方法論で物事を解決しようとしないこと。そのアプローチを一緒に行うお相手として、DIは最もふさわしいと思っています。また、我々は中途採用も積極的に進め、グループ外部のみなさんとも一緒に仕事をすることで新しい知恵を吸収して、MUFG内外の総力戦で自分たち自身がもっと力強く変化していきたいと考えています。

三宅:
我々にとって「ビジネスプロデュース」や「産業プロデュース」は一番大事なコンセプトであり、ビジネスを生み出すタネでもあります。その大事なことをMUFGと一緒にやっていくことには、当初は少し迷いもありましたが、今は、やってみて良かったなと思っていますし、スケールの面でもスピードの面でも今まで以上にやりがいのあることになりそうで、すごくワクワクしています。林さんの目には、かつてに比べるとメガバンクの輝きが色褪せたように見えているかもしれませんが、逆に言えばピンチはチャンスでもあるはずです。まだまだパワーはあるのだから、色を塗り替えた瞬間に広がりを見せるような、そんな展開を実現したいですね。