大企業も注目の「途上国ビジネス2.0」とは JICA×DI×企業によるイノベーション創出
“100年に1度とも言われる複合的危機”。独立行政法人国際協力機構 JICAの田中明彦理事長が近年の国際状況について言及した言葉だ。社会課題の解決は多くの企業が当たり前に取り組むことが前提とされる時代。この実現が、社会貢献だけでなくビジネス創出のチャンスでもあるというのは、ビジネスプロデュースを主力事業とするドリームインキュベータ(以下、DI)と、JICAだ。その市場として注目を集めている「途上国」での社会課題起点のビジネスについて両者が語り合った。
社会課題が多い途上国はイノベーション創出の現場でもある
複雑化する社会課題解決の重要性を指摘する声は高まる一方です。企業が社会課題を解決するには何に着目すべきでしょうか。
細野 恭平
株式会社ドリームインキュベータ 取締役副社長
細野:近年、社会課題解決をミッションに据える企業が増えていますが、社会課題が大きければ大きいほど、1社だけでその解決をビジネスとして成し遂げるのは容易ではなく、パートナーとの「共創」が重要です。
我々DIは、このような社会課題を起点にした新規事業の構想作り、それを実現するための政策連携や仲間づくりを得意としており、多数の大企業の新規事業創造のご支援をしています。
新規事業の創出となると「市場」の問題もあります。
細野:日本のような先進国では、既に多くの領域で市場が成熟しているだけでなく、複雑な制度や慣習が絡み合い新規ビジネスの創出は簡単ではないという側面もあります。一方、途上国は、このような制度・慣習がいまだ存在せず、まだ消費されていない多くのモノやサービスが多数存在します。つまり、“無消費”から“有消費”への切り替えの最中である魅力的な市場と捉えることができます。こうした無消費市場には、大きなビジネスのチャンスが眠っています。例えば、1日当たり3ドル未満で暮らす貧しい人たちでも加入できる保険を開発し、5000万人以上の保険に未加入だった人の市場を開拓したアフリカの企業、糖尿病にかかる治療費を1000ドルから250ドルに下げて、自国内で1600万人以上とされる糖尿病患者向けに治療の市場を開拓したメキシコの企業など、途上国や新興国での“無消費”市場を開拓した企業は、ここ最近、次々に出現しています。
平田 仁氏
独立行政法人 国際協力機構 上級審議役
平田:開発途上地域が注目すべき市場である理由は、人口が増加傾向にあること、平均年齢が若く新しいテクノロジーに柔軟であること、多種多様な社会課題が山積しているために課題の規模も増大していること、さらには、政府部門の予算・体制が脆弱で、規制環境もシンプルな状況であることなどが挙げられます。例えば、途上国で急激に進む都市化は、先進国が時間をかけて徐々に解決した問題を同時期に発生させ、従来の方法では解決が難しい複雑な社会課題を生み出しています。
すなわち途上国には、大きな社会課題の市場があり、イノベーティブな方法を試す機会が大きいのです。開発途上地域での社会課題解決ビジネスでは、社会的にもビジネス的にも大きなインパクトをつくれるのではないでしょうか。
細野:既存の市場やルールが未整備であることを逆手に取った市場の創造も可能です。例えば医療の領域で言うと、日本で新たな医療ビジネスを展開する場合、医療に関するデータを1つ得るにも多くの障壁があります。しかし途上国であれば、障壁となる制度やルールが少ない、もしくは存在しないため、新たなビジネス展開のチャンスがあります。例えば患者の医療データの収集に制約が少ないインドでは、①心電図のデータを集めてそれをAIで読影し、心臓の病気を予測したり、②女性の胸部の温度データを集めてAIで解析し、乳がんの診断をしたりするような、これまでになかった新たな医療ビジネスが続々と誕生しています。これらの医療データビジネスは、日本を含む先進国で展開することは容易ではありません。
平田:アフリカでもケニアを中心に新しいモバイル送金サービスが誕生し、ルワンダではドローンによる薬品輸送が始まっていますが、これも途上国発のイノベーションであり、新規ビジネスの展開のしやすさが大きく影響しています。こうしたイノベーションを、今では日本が追いかける形となっています。
細野:我々はこうした現状を「途上国ビジネス2.0」という見方で捉えています。従来の「途上国ビジネス1.0」では、途上国を低価格な商品の市場あるいは製造業にとっての安価なサプライチェーンのパーツとして捉えていました。一方、「途上国ビジネス2.0」では、途上国を社会課題解決起点でのビジネスの大きな市場・フロンティアとして捉えている点に特徴があります。
さらには、連携パートナーが現地の大手財閥などからスタートアップへ移行し、投資の種類も従来型の事業投資から、財務的なメリットだけでなく、社会的・環境的なインパクトも同時に生み出す「インパクト投資」へとシフトしており、今、途上国はビジネス創出のチャンスの場として非常に注目されているのです。
平田:しかし一方で、実際に日本企業が途上国に進出してビジネスを展開するとなると、様々な問題に直面します。
日本国内でのビジネスと比べると、環境、顧客、ビジネスパートナーなど、すべてが異なりますので、国ごとにニーズや政治環境が異なり、政策・制度も変わりやすい。そのため、それぞれの国や状況に応じた対応をしていく必要があり、柔軟にビジネスモデルを構築する必要があると思います。
細野:“無消費から有消費へ”という視点では、“産業”をプロデュースすることが重要です。必要な制度・テクノロジー、共創可能なプレイヤーなど、ビジネスを展開するための仕組みから構想して事業プランを描く必要があります。
途上国ビジネスを国単体で捉える場合、各国の経済規模はインドを除きさほど大きくないというのが実情です。そうした場所で、社会課題起点のビジネスで利益を生み出すためには、経済規模(マーケット)を大きく切り取っていく工夫や仕掛けが必要になります。無消費市場に社会基盤を構築し、政府の制度設計をも動かすなどの市場全体の設計です。ここに、相手国政府に対して政策的な働きかけができるJICAと民間企業との大きな共創の可能性が存在します。
住友林業の国家レベルのプロジェクトから見る、共創の重要性
DIとJICAでは、「途上国での社会課題解決」と「産業プロデュース」を掛け合わせ、既に途上国における日本企業のビジネスを支援し社会課題の解決を進めているそうですね。
平田:先進的な取り組みとして注目している例として、住友林業様が進めている、インドネシアの荒廃した熱帯泥炭地における修復と持続的な管理による火災防止および温室効果ガスの排出削減プロジェクトがあります。ここ数十年で大量の温室効果ガスを排出するようになった泥炭地の管理技術を有する住友林業様と、そのサポートを行うDIから、JICAにビジネス化の調査に関する提案を頂きプロジェクトが始まりました。インドネシアの社会課題を日本の先進技術でビジネスとして解決する野心的な取り組みとして、現在では日本とインドネシアの国家間の重要事業の一つに位置づけられています。
細野:この住友林業様のような大規模な社会課題解決のプロジェクトを推進するには、相手国政府も巻き込んだ制度やビジネスモデルの設計等が必須ですが、JICAはこうした企業のビジネスパートナーとなり得る存在です。70年を超えるODA(政府開発援助)事業の歴史と、世界100カ国以上で構築した圧倒的な信頼とネットワークは、途上国でビジネスをつくろうとする日本企業にとって実は大きな武器です。新しいルールの策定等、相手国政府の協力が必要な際には、JICAを通じてその支援をお願いすることもできる。また、JICAは途上国の社会課題に日本中の誰よりも精通している。さらには、JICAの皆さんは社会課題解決に一途な方ばかりで非常に勉強熱心です。そういったJICAの強みをもっと日本企業は活かしていくべきですし、JICAも民間企業のビジネスパートナーと見做されるように努力する必要があると思います。
平田:社会課題の規模が大きく複雑であればあるほど、課題を分解して構造化し、具体的な解決策に結びつける力が問われます。現在、途上国の社会課題解決に向けて民間企業とJICAの「共創」をDIに支援してもらっていますが、DIの持つ「問題の中核を掘り下げる力」が素晴らしいです。私たちはこれまでもそこに粘り強く取り組んできたつもりですが、DIとの協働によって、JICAだけでは実現できなかった民間企業との連携の構想が描けていると実感でき、その構想力には感嘆させられます。
また、「つなげる力」も頼もしく感じています。これまで、JICAと民間企業の方々とのつながりは、私どもの事業を受注していただくことで始まるケースが中心でした。しかし、社会課題の規模が大きくなり複雑化し、企業が社会課題解決をマーケットとして考えるようになった今は、柔軟に企業と価値を共創することが重要です。途上国が抱える社会課題の解決は容易なことではありませんが、そのハードルを越えるほどの情熱と高い志のある企業と「共創パートナー」として事業に取り組めるようになってきたのは、DIの「つなげる力」と、「組織の士気を高める力」の複合的なサポートがあったからです。
実は「組織の士気を高める力」がDIの一番の強みではないかと思います。JICAの職員、とくに若い職員は、DIと仕事をすると自然と気持ちに火がつき、熱量を持って意欲的に仕事に取り組むのです。もともとDIの中に、人をインスパイアし、アスピレーションを高め育てる力があるのでしょう。組織文化をも変革させるほどの熱量をDIがもたらしてくれると感じています。
両社の連携によるシナジー効果が期待できそうです。社会課題起点のビジネスにおける両社の今後の取り組みをお聞かせください。
平田:経済を動かし大きく成長させ、社会課題をハイスピードかつダイナミックに解決してきた主役は民間企業です。私たちは民間投資の環境整備をしてきた存在です。JICAについては、途上国政府相手の取り組みへの支援が中心というイメージをお持ちの民間企業の方も多いと思いますが、実際には、社会課題の解決になることであれば何でも取り組んでいきたいと考えています。
同じ目標を掲げていながら、民と官が分かれている状態は理想的とは言えません。企業の方々にはぜひJICAを受発注の相手ではなく、パートナーとして認識していただき、ビジネスを共創しながら社会課題の解決に貢献できればと考えています。
細野:我々DIはこれまでも、様々なクライアントと伴走し、産業プロデュース・ビジネスプロデュースというコンセプトの下、多くの新規事業の創出を実現してきました。社会課題起点でビジネスを展開していくには、産業視点での事業構想や、JICAのようなパートナーと連携し、共創していくことが非常に重要になります。我々は、今後も民間企業側のニーズを汲み、JICAの持つ知見やネットワークを活用させてもらいながら、産業構造を変革し、クライアントと共に新しい市場をつくることで、社会課題の解決と日本企業の支援に取り組んでまいります。
関連リンク
JICA‐独立行政法人国際協力機構
開発途上国での事業への民間資金動員と開発インパクトの創出 | ニュース・広報‐JICA
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