DI’s Works Vol.9
執行役員 田代雅明 ✕ 執行役員 金子剛
「脱・新規事業戦略! 〜単発で終わらないビジネスプロデュースCoEの立ち上げ方〜」
ビジネスプロデュース会社であるドリームインキュベータ(DI)は、大手企業の新規事業創造を支援する過程で、独自の知見を蓄積している。
今回はDIの執行役員である田代雅明と金子剛が、新規事業成功の鍵となる「企業固有の型」の重要性と、その構築に向けた課題と対策について語る。田代は多様な業界での成長戦略立案や新規事業立ち上げに10年以上従事し、金子は製造業を中心に技術起点の新規事業立案・評価に注力してきた。
経営と現場のギャップ、人材育成の課題、そして日本企業が陥りがちな罠まで、新規事業に挑む企業が直面する現実と、それを乗り越えるための具体的なアプローチを明かす。
執行役員 田代雅明
東京工業大学工学部、同大学院 社会理工学研究科 社会工学専攻を修了後、新卒でDIに参画。「社会課題を仕組み(ビジネス)で解決する」という志のもと、10年以上にわたり多様な業界で成長戦略立案や新規事業立ち上げに従事。特に「産業プロデュース」では、エネルギーや農林水産、医療など幅広い分野で、ビジョン策定から事業化まで一貫して支援。3年半のベトナム駐在経験を活かし、東南アジアでの日系企業進出や政策立案にも携わる。現地企業への投資や社外取締役も経験。近年は、ソフトウェアの付加価値向上に伴う新たなビジネスモデル構築と組織改革を中心としたビジネスプロデュース活動に注力している。
執行役員 金子剛
東京大学工学部、同大学院 工学系研究科 航空宇宙工学専攻を修了後、新卒でDIに参加。宇宙関連技術の研究を通じる中で、「技術・事業・社会をつなぐことにより社会的課題を解決する」というDIのビジョンに共感。自動車、システムインテグレータ、エレクトロニクスなど製造業分野を中心に、新規事業戦略策定やR&D組織改革に従事。ビジネスプロデュース分野では、豊田市の次世代エネルギー・社会システム実証プロジェクトや次世代自動車普及政策にも携わる。近年は技術起点の新規事業立案・評価に注力し、ユーザーニーズ理解から技術優位性の把握、事業構想立案、R&D戦略策定まで一貫したサポートを提供している。
新規事業を巡る失敗の渦から逃れるために必要なのは「固有の型」
──昨今、経営アジェンダとして「新規事業」が重要視されています。DIとして、現況をどう捉えていますか。
田代:
課題意識を持つ企業は継続的に増えています。経営者の関心事といえば、昔は「売上をどう上げ、コストをどう下げるか」といった収益性が中心でした。昨今はガバナンスなども重要視されていますが、それ以上に「新規事業の具体化」への関心の伸び率は顕著です。
新規事業専門の部署を立ち上げるケースも多くなっています。日本企業の売上トップ100社を見ると、約8割が専門組織を設けているデータもあるほどです。
金子:
全体として日本企業の利益率は確かに上がってきていますが、既存事業の「限界」が出てきていることも背景にあります。売上拡大やコスト削減を図るだけでは成長の鈍化が止められず、また事業領域が限られている企業は将来の見通しが不透明でもある。そこで、事業ポートフォリオを拡げ、主軸以外にも「収益の柱」を増やす必要性が出てきているのです。
──しかしながら、新規事業で成功を収めた企業は多くない印象です。要因はどこにあるのでしょうか?
田代:
ほとんどの企業がまだうまくいっていないのが現状だと思います。要因の一つに、大企業では、そもそも新規事業の経験者が圧倒的に少ないことが挙げられます。若手社員は言うに及ばず、現在の課長以上の管理職は既存事業が成長している時期に入社し、それを遂行していれば右肩上がりで成長していた世代が多い。会社全体としても「新規事業へいかに立ち向かえばいいのか分からない」というのが実情でしょう。
日本企業各社の事業ポートフォリオを見ても、事業そのものが入れ替わるほどのケースはほとんどありません。長期間にわたって新規事業が生まれてこなかったため、経験者も当然おらず、実行できる人材もいないというのは、社会全体の課題だとも感じます。
金子:
ただ、みなさん試行錯誤は続けています。それらも概観すると、DIでは新規事業を取り巻く実情には、いくつかの周期があると捉えています。
新規事業の「1周目」は徒手空拳で挑む状態。ただ、新規事業はリスクも大きいため、既存事業と比較した検討過程で潰れてしまうことも多かったのです。既存事業と同様の考え方で新規事業に取り組んでしまい、失敗を重ねてきました。
「2周目」はリーンスタートアップやオープンイノベーションといった手法と共に訪れた、新規事業開発アプローチのブームです。ただ、これらの手法をそのまま適用した結果として、PoCや小規模の事業化が増え、自社の規模に合わない小粒な事業も乱立してしまいました。しかも、一度立ち上げた事業は簡単にはクローズできないため、貴重なリソースが費やされ、新たな取り組みに割けなくなってしまう悪循環も招きました。そうして経営陣が求める事業規模には至らず、新規事業そのものに疑問符がついてしまっている。多くの日本企業の現状は「2周目」の段階ではないでしょうか。
こうした失敗を繰り返した後に、新規事業創出ではなく、結局は既存事業をあらためて伸ばす方向へ回帰する流れが見られています。しかし、前提でお話したような「限界」が見えているため、行き詰まりになる可能性も出てきます。
DIとしては、ここから先の「3周目」に進むためには、「2周目」で流行した成功法則を借り物としてそのまま導入するのではなく、自社独自の「型」を作り上げていく必要があると考えています。これは新規事業という括りに限らず、企業として自社の事業をいかに創造し、成長させるかという命題に対する弊社の姿勢でもあります。自社の目的や狙う事業規模に合わせて、適切なアプローチやプロセスを構築する“ビジネスプロデュース”とそれらを「型」化し、企業に根付かせていくこと(=インストレーション)が重要なのです。
自社の固有性や特殊性を見定めることがスタート
──「3周目」へ進むための条件は何でしょうか。
田代:
新規事業開発に成功しているプレイヤーは「仕組み、人材、組織」の観点で独自の型を持っていることが多いです。新規事業創出にはあらゆる企業に適用できる「このやり方ならば必ず成功する」という「一般解」は無い、というのが私たちの考えです。言い換えると、個社ごとの固有性や特殊性を理解した「特殊解」をきちんと見出せた企業が成功しています。
では、その固有性や特殊性とは何か。概ね以下4点が代表的です。
- 意思決定プロセス(トップダウン/ボトムアップ)
- 自社の中核能力(技術、オペレーション、現場力、営業網、参入障壁など)
- 組織の“癖”
- 目標設定
例としてわかりやすい「目標設定」を取り上げると、売上1000億円規模を目指す場合、100億円の事業を10個作るのか、1000億円の事業を1個作るのかによってもアプローチは変わってきます。さらに、3年でクイックヒットを狙うのか、10年かけて大きな事業を作り上げるのかによっても異なります。
こういった要素が明確になっていないと、様々なやり方が混在したり、自社が求めるプロセスが適合しなかったりする事態が起こってしまいます。そのため、自社にはどういった強み/弱みがあり、どういった“癖”があるのかを理解した上で、自分たちに合った方法を定めていくことが欠かせません。DIとしても、新規事業創出の伴走では特に大切にしている点です。
──では、どのように独自の「型」を定めていくのでしょうか。
田代:
独自の「型」を定めていく際には、大きく4つのステップがあります。
まず、新規事業に取り組む目的や目標を明確にする必要があります。全社として目指したい事業規模や時間軸、自社として世の中に提供すべき価値(Will)を明確にするなど、経営としての大局観が大切です。それを踏まえて、先にお話しした会社固有の「癖」の理解やマネジメント体制の設計が欠かせません。
金子:
クライアントと議論を重ねるほどに思うのは、DIが様々な企業の新規事業創造の支援を通じて「癖」を知っているからこそ気づけることがある、ということです。そういったクライアントの「癖」について発言すると、「確かに今まで推進できているケースはそういう場合が多かったよね」と納得いただくことが多いですね。
田代:
自社を客観的に見ることはなかなか難しいものです。世の中の比較と考えながら、自社に適合するためのアプローチを知るには外部の目が必要なこともあります。
例えば我々はクライアントの「社史」をよく読み解きます。実はそこに多くのヒントが詰まっているんです。創業者の思想はもちろん、過去の新規事業に関する意思決定の背景や、リスクを取ることができた理由など、新規事業を考える上で大切な要素が含まれています。現在の関係者に対するインタビューも確かに大事ですが、長い時間軸でクライアントを理解することも重要だと思います。
また、「クライアントが外部からどのように見られているのか」をヒアリングすることもあります。取引先にお聞きしたり、OB・OGの方々に伺ったりすることで、より多角的に会社の特性を理解できるのです。
こうして会社の「癖」が分かった後は、それに応じた事業のやり方を考えます。そして、手前味噌ではありますが、ここでDIが支援するメリットが活きてきます。我々は様々な会社の事例を把握していますから、「この癖を持つ会社には、こういったアプローチが合っているのではないか」といった提案ができる。クライアント企業内のプロパー人材が社内に精通していることも大切ですが、1社の事情だけを見ていては分からないことも多い、ということです。
──自社の「型」を活かして、成功した事例について伺いたいです。
田代:
あくまで個人的な所感ではありますが、大和ハウス工業は継続的に新規の事業領域を拡大している好例だと思います。彼らは成長領域を明確に定め、物流、データセンター、医薬品などの各領域のトップクラスの顧客とジョイントベンチャーを設立するなど、協業を加速させています。その協業を通じて一気に深めた業界知見を自社事業として横展開することが彼らの「特殊解」に見えます。このような自社に合った新規事業の拡大パターンを有している企業は再現性も高く、非常に強いと思います。
金子:
新規事業のテーマ設定に関しても、会社の特性は表れます。ある会社では新規事業を検討する際に「フック」と「エンジン」という考え方を用いて取り組むべき新規事業をまとめました。Googleで言えば、検索エンジンが「フック」で、広告が「エンジン」にあたります。そのある会社でも既存事業に好影響を与える「フック」となる新規事業は積極的に取り組めるという傾向がありました。
意思決定の特徴や重視するポイントを把握すると、取り組むべき新規事業のフォーカスも変わるわけです。
田代:
自社の特性やプロセスを明確に言語化している企業の例もあります。例えば、リクルートの「リボンモデル」は有名ですね。富士フイルムは12のコア技術をベースに中核能力にナンバーワン・オンリーワンの技術力を据えています。自社の「型」が分かっているから言語化できる、ともいえるでしょう。
ビジネスプロデュースにおけるCoEの必要性
──特殊解を見出すのは一筋縄ではいかないと思いますが、実際に取り組むにあたってどのようなハードルがあるのでしょうか。
田代:
多くの会社で新規事業は主流ではないがゆえに、そもそもの組織が整っていないことが多いです。新規事業の経験のある人材が極めて少ない、新規事業を生み出すための仕組みを回せる環境が整っていない、組織が商品別・機能別に細分化して運営されており事業全体を見渡せない、といった理由が代表的です。
自社の現状と求められる組織・人材を把握し、新規事業開発に向けて必要な組織体制を自覚しておく必要があります。また、組織・人材を整えた後にも課題が存在しています。現場と経営陣の認識のギャップを埋めることが極めて重要になります。
たとえば、現場からは「経営陣がヘルスケアやカーボンニュートラルの事業を突然やれと言ってくる」「経営陣が新規事業を理解していない」といった不満が出ます。一方、経営陣からすると「現場のスピード感がないから自分たちで決めざるを得ない」「現場が適切な判断材料を出さないから意思決定せざるを得ない」といった言い分があります。このように経営と現場が乖離しているケースが多く、継続的に新規事業の取り組みを行うためには、それらをうまくマネジメントする役割が大事になります。
金子:
実は、多くの企業が同様の課題を抱えています。「うちの会社だけが新規事業がうまくいっていないのではないか」と思われる方も多いですが、ほとんどの会社が同じような状況に陥っているのです。なのでDIに対してもその状況をどう脱するべきなのかという相談が増えています。
──では、どのようなステップが求められるのでしょうか。
田代:
やはり自社に合った新規事業の成功事例を生み出し、それを「型化」していくことが近道でしょう。そのためにも、まずは自ら事業戦略を描き、事業を推し進めるプレイングマネージャーの育成が課題だと考えています。このような人材を増やし、集中的に経験を積ませることで、自社にあった新規事業の「型」を作り上げていきます。ただし、新規事業の経験者を育成するのは簡単ではありません。経験者は事業の立ち上がりと共に事業側に移ってしまうため、新規事業の検討/立ち上げプロセスを何度も経験するような人材は存在しにくいのです。
そこで対策として、人材育成やノウハウの蓄積・集約化のためにも、継続的に新規事業の立ち上げをリード・サポートする機能のCoEを設けることが考えられます。DIではそれをビジネスプロデュース機能と呼んでおり、新規事業を属人的なものにせず、再現性のある取り組みにするためには不可欠な機能であると考えています。
金子:
新規事業を経験する人が少ないという問題に加えて、新規事業を進める中で様々な業界の構造やビジネスのポイントを理解することが重要です。単体の事業だけでなく、多くの事業や業界を横断的に見ることで、ビジネスの構造や成功のポイントが理解できるようになります。
このような「事業のポイントを理解する」「考える引き出し」を増やしていくには、相応の育成時間がかかります。そのため、そういった知見を意識的に蓄積する「部署」や「機能」を設けます。中長期で新規事業を構造化し、ポイントを明確に上申できる人材を育てていく仕組みも必要となります。
田代:
ビジネスプロデュース機能のもう一つの重要な役割は、「経営」と「現場」をつなぐことです。多くの企業では両者のギャップが、新規事業に関する継続的な取り組みを妨げてしまっています。そこで「経営」の意思決定に資する前捌きを行い、同時に、経営視点を持って「現場」を推進するのがビジネスプロデュース機能です。具体的には、個別の事業成立性や事業計画などの検討、「経営」側が気にする時間軸やリスクの取り方、対外発信の手法など、様々な観点を持って事業創造に携わります。そのようにして「現場」の検討レベルを引き上げ、「経営」とのギャップを埋めていきます。
偶然の成功ではなく、新規事業の再現性を高めるために
──DIの伴走例でいえば「ビジネスプロデュース機能」立ち上げまでのタイムスパンはどのくらいでしょうか。
金子:
ビジネスプロデュース機能の立ち上げと人材育成には、最低でも3年ほどかかると見積もっています。新規事業部署には未経験者も多く配属されますが、そういった人たちの成功確率をいかに高めるかが重要です。ただし、全員が新規事業に関するあらゆる能力を持つ必要はありません。DI側もサポートしつつ成功確率を上げる仕組みさえ整えれば、新しく人材が入ってきた時でも、時間はかかったとしても一定の成功確率が高い状態で動き始められます。
──DIがビジネスプロデュース機能を支援した好例を教えてください。
田代:
一つの例としまして、大手通信建設会社であるエクシオグループでは、約4年前にイノベーション推進部を立ち上げました。エクシオグループの「癖」の一つは、いわゆる「受注者」として求められる仕事を確実かつ高品質で実行することに価値を見出してきたことにあります。そういった特性を踏まえ、彼らとして目指すべき、かつ向いている新規事業の進め方(特殊解)を共に定義し、成功パターンを作っていきました。
また、経営陣とも定期的に議論し、新規事業に対する共通認識を持つようにしました。このようなアプローチを通じて、「自分たちに合ったやり方」が見つかり始め、それを他の事業にも適用しようという動きが出てきました。結果として、会社全体の雰囲気も変わり、新規事業に関する部署への異動願いが増えるなど、良い影響が広がっています。
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──最後に、新規事業に取り組む企業へ、メッセージをお願いします。
田代:
新規事業には楽な近道はありません。多くの人が一般的なソリューションに飛びつきがちですが、それでは長期的な成功は難しいでしょう。ある程度の時間をかけて前提からしっかり固めないと、いつまでも無駄なリソースを投下し続けることになります。
偶然の成功ではなく、新規事業の再現性を高めることが重要です。そのためには、組織としてあるべき姿に立ち返って考える必要もあります。一人で悩んだり、偶然に頼ったり、経営者の号令だけでは不十分です。世の中の成功パターンを真似るのではなく、これからも自社の「癖」に合わせて「型」を作るお手伝いをしていきたいですね。
金子:
最初にお話ししたように新規事業への関心が高まっているのは良い傾向ですが、同時に不安も感じています。多くの企業が「2周目」のフェーズで一般的な手法を試して壁にぶつかったり、新規事業部門が活発であっても成果が出ていないというケースも見られます。こういった状況が続くと、会社全体として新規事業に対してネガティブな見方が広がり、新たなチャレンジがしにくくなる風土が生まれるリスクがあります。
新規事業に本気で取り組んでいる人がいれば、その人たちを全力で応援することが会社全体、ひいては日本全体の変革につながると信じています。今こそ、経営陣も含めて、じっくりと腰を据えて取り組むべき時期だと考えていますし、ぜひDIとしてもそういった方々と一緒に「特殊解」を探しながら新規事業を推進していきたいですね。
(取材・文:長谷川賢人)