DI’s Works Vol.11
特別顧問 阿部晃一 × 執行役員 鈴木一矢
CTOが今目指すべき技術経営の在り方とは──AIの進化・アクティビストの台頭を踏まえた日本流R&D戦略

R&Dは「コスト」か、それとも「投資」か──この問いに対する答えが、企業の競争力の行方を分ける。アクティビストの台頭、AIの進化、技術系人材の減少など、CTOをとりまく環境が急変する中、日本企業が「真似できないもの」を生み出し続けるためには何が必要なのか。

東レ株式会社でCTOを歴任し、現在はドリームインキュベータ(DI)で特別顧問を務める阿部晃一と、R&Dマネジメントやイノベーション創出、CTO養成の支援を手がける執行役員の鈴木一矢が、日本流イノベーションの本質とCTOが今とるべき戦略をテーマに語り合った。

特別顧問 阿部晃一 (写真右)

大阪大学大学院基礎工学部修士修了後、東レ株式会社に入社し、ポリエステルを中心とするフィルムの研究に従事。1996年 リサーチフェロー(フィルム構造設計)に認定、フィルム研究所長、研究・開発企画部長、愛知工場長を経て、2005年 取締役(研究本部長)に就任。常務取締役、代表取締役専務取締役を歴任し、2014年 代表取締役副社長へ就任。2011年~2022年は、CTOを兼務。2022年 株式会社東レリサーチセンターの代表取締役会長を経て、現在に至る。その間、文科省中央教育審議会委員、理化学研究所研究戦略会議委員、日本化学会副会長、日本科学技術振興財団理事(現任)、内閣府マテリアル戦略有識者会議委員(現任)等を歴任。2025年12月よりDIの特別顧問へ就任。

執行役員 鈴木一矢 (写真左)

慶應義塾大学総合政策学部卒業。ノースウェスタン大学ケロッグスクール経営学修士(MBA)。ソニー株式会社、ブーズ・アンド・カンパニーを経て、DIに参加。DIでは、エレクトロニクス、自動車、消費財、環境エネルギー、ヘルスケア、化学、金融など幅広い分野で、新規事業開発、海外展開、M&A/提携支援、研究開発戦略など、企業の成長に資する戦略の立案・実行を支援している。大企業の次世代CTO育成を目的とした、日経BP社主催の研修プログラム「CTO30」の企画・運営に協力。

R&Dは「費用」ではなく「投資」である。近視眼的経営がイノベーションの芽を摘む

──お二人はCTO・R&D支援の立場から、企業のR&Dをとりまく現状をどう見ていますか?

阿部:
今こそ再認識が必要だと思っています。「科学技術創造立国」という言葉は古くからありますが、日本は資源の乏しい国であり、新しいものを生み出し続けることが成長の前提です。ただ、経営者の中にR&Dを「費用(コスト)」として捉える人がいる。工場の原価と同じように、できるだけゼロに近づけようとする。これは大きな誤りです。

R&Dは「投資」であってコストではない。費用なら削るほど良いことになってしまうけれど、投資はリターンを見越して運用するものです。そのためにも、長期的に成果を期待できるシーズ型研究と、短期的に利益を見込めるニーズ型研究の投資割合を原則として定めつつ、目先の利益に流されずにシーズ型研究を一定割合で確保し続ける。これが、企業のR&Dを守る土台になりますし、将来的な競争優位性につながってきます。

鈴木:
これまでDIでは、中長期での取り組み、例えば将来に向けた研究テーマの探索伴走や、AIを活用したマテリアルズインフォマティクスの高度化検討、シーズ技術の事業性評価など様々なアジェンダに取り組んできました。その中で研究と開発の活動を分けずに同じ予算や同じ評価軸で管理しているケースが多いことが見えてきたのです。阿部さんがいらっしゃった東レのように研究と開発を明確に分けてマネジメントするところは少数派で、研究も開発も同じ土俵に混在させている。今まさに多くの企業で起きている傾向です。

そうなると成果がリニアに出ず、いつ何が起きるか分からない長期のテーマに取り組む研究者は、社内で苦しい立場に置かれます。予算審議の場で、「なぜこれをやっているのか」「成果が出ていないではないか」という圧力に定期的にさらされる。相当な意志の強さがないと続けられません。

──ではCTOとして、その構造的な問題にどう対処すべきだとお考えですか?

阿部:
私は「R&D憲法」とでも呼ぶべきものを社内に作ることが大切だと考えています。仮に不景気になっても「売上高の何パーセントかは必ずR&Dへ投下する」といった原則を定めておかないと、景気の波に流されてニーズ型テーマばかりに傾いてしまう。

しかしながら、私の経験上、研究テーマが事業化に至る「数」はニーズ型のほうが多い。でも、利益の積分値を取ると、シーズから始まった研究のほうがはるかに大きくなる。シーズ型の研究は独創性が高く、参入障壁が高いからです。他社が簡単に真似できないから価格を下げる必要がなく、利益率を維持できる。ニーズ型研究は確かに社内での説明はしやすいでしょうが、競合企業も同じことを考えていることも多いものです。

R&D投資に加えて、設備投資、そして新卒採用という3つの要素は景気に左右されずに継続することを憲法として定めておくべきだと思っています。東レも以前は不況のたびに採用数が大きく変わった時期がありましたが、それはあとからボディーブローのように響いてくる。

──研究と開発を「分ける」ことの意味について、もう少し聞かせてください。

阿部:
東レでもかつては「研究開発本部」と一体で呼んでいたものを、東レ中興の祖として知られる前田勝之助が「研究と開発は違う」と分けた。確かに、研究は0から1を作るもの、開発は決められたコスト・期間・品質で仕上げるものですから、これらは似て非なるものです。実は研究計画を「立てる」こと自体が難しい。発明は明日生まれるかもしれないし、10年後かもしれない。分かっているならそれほど楽なことはないわけですから。

AIの登場により、日本の「継続力」が研究開発の武器になる

──研究開発を取り巻く現状の変化として近年、研究開発の現場にAIが急速に浸透していることがあげられると思うが、この変化をどう捉えていますか?

鈴木:
中国のメーカーが、研究開発を三交代制で24時間動かしてスピードを上げている、という話を聞くことがありますが、AIとロボティクスによって、実験行為を自動化できる分野であれば、日本でも24時間体制でR&Dを行って、実験結果のデータを加速度的に蓄積できると思います。

また、データの重要性が上がるという意味では、長年研究開発を継続してきた日本企業にとって、過去の経験をAIに学習させることで、追い風になる面もあると思っています。

阿部:
現状のAIは、まったく新しいアイデアを生み出すような“ゼロイチ”はまだ難しい。ところが、アイデアが出た後の膨大なスクリーニング、データ解析といった領域では圧倒的な力を発揮します。ただし、AIはあくまでツールであってゴールではありません。この認識を踏まえて組織全体の在り方を再考していくことが先決だと思っています。

鈴木:
業務プロセス毎に、AIをどう活用するか(人間とAIがどう分担するか)が重要になると思います。例えば、

  • 問いを立てる(研究テーマを考える)ところは、AIに外部環境(市場や競合)の情報を収集させたり、そこからテーマ候補を幅出しさせつつ、最後は人間が決める。
  • 実験行為はAIとロボティクスで自動化させる。
  • 実験結果を踏まえた軌道修正は人間が決めつつも、研究成果の外部発信(論文や特許)の草案はAIに考えさせる。

といった分担を設計する必要がでてきます。AI活用を前提としたワークフローでR&Dを行う小さな企業もたくさん出てくるはずです。

阿部:
私が世界各地に研究拠点を設けてきた経験でも、日本人には先の見えない研究を黙々とやり続ける気質があると強く感じました。AIというツールでR&Dを高速化しながら、0から1を生む領域では、日本の継続力や忍耐力を活かすというのが大事なのだと思います。

R&Dの積分値を最大化するために「いかに基礎研究のバトンを繋ぐか」

──東レの成功例でいえば「炭素繊維」はまさにシーズ型研究の代表例だと思いますが、事業化に至るまでにはどのような道筋があったのでしょうか?

阿部:
炭素繊維の場合、狙いは最初から航空機でした。軽くて錆びなくて強い、航空機に抜群にフィットする素材です。ただ当時は燃費がそれほど重視されていなかったので、多少機体が重くても構わないという時代だった。

そこでまず、釣り竿やゴルフシャフトという「中継ぎ」的な商品で、キャッシュを生みながら品質を磨いていきました。お客様のご意見で品質が鍛えられ、それが本丸である航空機への展開へつながった。その後、風力発電のブレードや圧力容器へと用途はさらに広がっていきます。本丸は最初から決まっていて、「中継ぎ」を使いながら到達したというルートです。

──そういった「バトンをつなぐ」部分が、多くの企業で難しいと聞きます。現場ではどういった課題が起きているのでしょうか?

鈴木:
せっかく面白い技術ができても、下流につながっていかないことがよく起きています。既存の営業チャネルに合わない、利益化まで時間がかかる、新しい分野に打って出る担い手がいない……といった理由でバトンが落ちてしまう。

そこをどう組織として担保するか。コーポレートが中継ぎとして事業開発コストを持つ仕組みを作るとか、検証フェーズの予算を独立させるとか、やり方はいろいろありますが、その設計もCTOの重要な仕事の一つだと思っています。

「アングラ研究」と「広告塔」──CTOが担う、研究を守る2つの役割

──短期利益を求める株主、アクティビストからのプレッシャーに対して、CTOはどのように研究を守ればよいのでしょうか?

阿部:
東レでも推奨されてきた「アングラ研究」という概念をご紹介したいと思います。研究者が少人数で静かに温め、研究を続けるテーマのことです。一人か二人で進めているうちは大きな投資ではありませんから、最初は自由にやらせます。価値がありそうなテーマが出てきたら少しずつ投資を増やし、うまくいきそうならさらに投資する。最初からがんじがらめにすると、斬新なアイデアが出てきません。まずは「野放し」で、そこから育てていくのが最も確率が高いのです。

鈴木:
研究を守る方法には、「いわゆる守り」と「積極的な守り」があると思います。いわゆる守りは、社内の文化として外から見えにくい形で温め続けること。アングラ研究はその典型ですね。積極的な守りは、アナリストや投資家に対して「我々のR&Dはこういったポートフォリオで、こういうビジョンに基づいている」と主体的に発信して理解を得ることであり、それを起点に他社を巻き込みながらR&Dを推進していくこと。両方を使い分けながら守っていくことが現実的ではないでしょうか。

──「主体的な発信」という役割は、CTOのイメージにはあまり馴染みがない気もします。

阿部:
そうですね。しかし、CTOには「広告塔」としての役割が非常に重要なのです。技術系の人間は広告を嫌がる傾向がある。社内外から投資を呼び込むのは、CTOの重要な役割ですし責任です。ここをやらないと研究は守れない。

私が東レでCTOだった時は、定期的に技術IRを自ら行っていました。通常のIRミーティングは営業本部長が担うことが多いのですが、私は「東レのR&Dはこういった方針で投資し、アングラ研究という仕組みを昔から大切にしている」といった説明をアナリストに対してもしてきました。社内を説得するだけでなく、資本市場に対してもR&Dの価値を語れるCTOでなければ、研究は守れないと思っています。

──CTOが「技術の専門家」を超えて、経営のパートナーとして振る舞うことが求められているということでしょうか?

鈴木:
まさにそうだと思います。私たちがCTO候補向けの勉強会を続ける中でも、リーダーシップや経営への視点が求められることを強調しています。単に技術をどう管理するかというMOT(Management of Technology、技術経営)の話だけでなく、会社をどう変えていくかというチェンジマネジメントまで含まれる。CTOに求められるレベルは着実に上がってきていると感じます。

阿部:
私がCTOの時、炭素繊維で解決すべき課題の肝がケミストリーであると判断した場合は、医薬研究所からケミストを招集して解決したことがあります。技術の融合は、想像以上に効率的なイノベーションを生む。それを引き出せるかどうかも、CTOの力量に懸かっています。CTOとCEOはパートナーです。部下と上司ではない。この二人がしっかりコミュニケーションを取り、会社の方向性を一緒に決める。CTOがコミュニケーション能力を磨かなければならない理由はここにもあります。技術者としての卓越さだけでなく、経営の言葉で語れるかどうか。CEOとCTOが同じ方向を向いていれば、営業もマーケティングも動きやすくなります。逆に、CTOが技術の世界だけに閉じてしまうと、R&Dはいつまでも「コスト扱い」され続けてしまいます。

日本の技術融合を社会実装へ──DIとともに描くR&Dの未来

──最後に、今後取り組んでいきたいことをお聞かせください。

鈴木:
仮説の検証はAIが得意になってきた中で、「何を問うか」はまだ人間の領域です。これからは「問いを立てる力」の必要性も上がります。

また、CxOといえば様々な役職がありますが、CTOは社内で最も長い時間軸で考えられる、また考えるべきポジションだと私は思っています。事業の責任者はどうしても当期の数字が視野に入る。でもCTOは、10年後・20年後の技術を踏まえ、自社はどうあるべきかを起点に考えられる立場です。業界や社会がどう変わっていくかを自分なりに考え、議論できるネットワークを持つ。そういうビジョナリーとしての機能がCTOには強く求められます。

そこで、長期的な研究テーマを自ら探索できる人材を増やすこと、ここに力を入れていきたいと思っています。問いを立て、仮説を作り、検証する──このループをAIも活用しながら、上手に回せる人材が企業に増えることが、日本のR&D全体を加速させるキーになるはず。今後も支援に注力していきたいところです。

同時に、R&D投資の資源配分の根拠を、対外的にきちんと説明できる企業も増やしていきたい。シーズ型を何割確保するか、なぜその比率なのか。そういった考え方を持ち、マーケットに対して説明できることが、健全なR&D経営を続けるための条件でしょう。

阿部:
私がDIと一緒に取り組んでいきたいのは、技術融合と総合力の活用を日本企業横断的に行うことです。東レの炭素繊維と医薬研究所の技術融合のような形を、日本全体の企業間で起こせればR&D投資の効率が格段に上がる。ある企業では事業化できなかった技術が、別の企業では大きな価値を持つのであれば、そこをDIのネットワークがつないで、日本全体で技術の活用効率を高める役割をぜひ担っていければと思います。

民間の立場からすると、同業他社の技術融合という「水平のオープンイノベーション」はどうしても競合関係になるのでやりにくい。でも、技術と事業を繋ぎ、多種多様なステークホルダーをドライブしていくDIのようなバインダーが間に入ることで、ファイアウォールを維持しながら技術融合が実現できると考えています。日本の企業が個社の壁を超えて技術の総合力を発揮できれば、それは日本全体の国力増強に確実につながる。

研究者が自由に研究できる環境と、その成果を社会に届ける仕組みを同時に作っていくこと。それが今、私たちに課された使命だと考えています。

※役職・肩書、インタビュー内容は、本インタビュー時点のものとなります。

(取材・文:長谷川賢人)