新任取締役 スペシャルインタビュー(前篇)

2019年6月、新たに2名の執行役員が取締役へ就任致しました。このたび新任取締役となった三宅孝之と細野恭平の2名に、二人のプロフィールをはじめDIの魅力や今後の展望についてインタビュー致しました。

 

① お二人の経歴について簡単に教えてください。

三宅:
少し長くなってもいいですか(笑)?   
私は新卒で経産省に入省しました。大学2年生のときに観たNHKのドキュメンタリー番組で、ちょうど日米半導体協定の交渉をやっていたのですが、通産省(現・経産省)が米国の通商代表部(USTR)とバチバチと交渉しているシーンを観て、素直に「カッコいい!」と思ったのが入省のきっかけです。

当時、私は経産省でやりたいことが3つありました。
1つめは、中小企業の支援。私が入省した1995年当時は未だベンチャー企業なんてなかったので、豆腐屋とか床屋のような店舗や、部品メーカーとか所謂日本が誇れる技術をもった中小企業を支えていきたいという思いが強かったですね。2つめは、国際交渉。これは先述のドキュメンタリー番組の影響です。3つめは、工業技術院(現・産業技術総合研究所)の改革。理系の大学出身だったこともあり、興味がありました。

最初の2年間は、産業資金課という部署に配属されました。中小企業向けストックオプション制度の創設、ベンチャーキャピタルという概念づくり、東証マザーズの前身となる市場作りに関わるなど、とにかく新設する仕事が目白押しでした。役所では大体10年に1度位法改正があるのですが、官僚にとっては花形的な仕事なんですね。この法改正業務にも、2年間で5本も経験させてもらいました。毎日本当に忙しく大変でしたが、たくさんの経験が身につき自信もつきましたね。

産業資金課の後、エネルギー庁に異動しました。ここではAPECのエネルギー大臣会合という大変に大きなカンファレンスの準備と運営を担当しました。ちなみにこのカンファレンスは2年に1度開催されるのですが、参加29ヶ国での持ち回りになるので、日本での開催は58年に1度という計算になります。それがなんと私の配属時に回ってきたのです。私は入省3年目くらいの若造でしたが、100名を超えるチームをまとめる機会をもらい、予算要求から会場設営まで、七転八倒しながらなんとか乗り切りました。

その後、官房総務課に異動したタイミングで省庁再編があり、独立行政法人化の流れから工業技術院の統合・再編の動きもありました。私自身は技術系なのですが、官房総務課といえば事務系のエースがいく部署です。当時は係長だったのですが、それでも結構な権限を与えてもらい、60-70本の法改正にも携わり、ダイナミックな仕事に寝食忘れるほど没頭していましたね。

やりたいことをやったら3年で辞めると宣言していたのですが(笑)、入省して6年半が経ち、当初やりたかった3つ(中小企業支援・国際交渉・工業技術院の改革)にもそれなりに関わることができたので、次のステップに進むことを決めました。

この頃は事業支援をもっと極めたいという思いが強かったので、外資系コンサルティング会社のA.T.カーニーに入社。戦略コンサルティングの経験を積んでいく中で、より日本の中小企業やベンチャー企業の支援に関心が強くなってきたこともあり、2004年にDIに入社し、今に至ります。

細野:
僕は学生時代から海外志向がとても強かったんです。僕の高校時代は、ベルリンの壁崩壊、天安門事件、ソ連崩壊など、冷戦の終焉に伴う世界中で大きなが相次いでいました。僕は、岐阜の田舎育ちで、周りにに海外経験がある人は一人もいなかったのですが、ニュース番組などを通じて、激動する世界に関心が高まっていきました。

そのため、大学時代は、ロシア語を専攻したり、カリフォルニアでホームステイしたり、宮沢喜一元総理やキッシンジャー元米国国務長官も参加していた日米学生会議という国際会議の実行委員も務めていたりしました。

社会人のスタートは、国際協力銀行(JBIC)です。最初の2年間は、カザフスタンやトルクメニスタンと言った旧ソ連の途上国支援を担当しました。当時ロシアはソ連崩壊後数年しか経っていなかったので、明治維新のような熱量をもった官僚が多かったんですよ。現地に大使館もなかったので、民間の代理大使のような仕事もやっていました。当時はまだ牧歌的で、キルギスという国の大統領と一緒に馬に乗って狩りをしたり(笑)。とにかくエキサイティングで楽しい時代でしたね。

その後、ロシアとアメリカの大学にそれぞれ1年間社会人留学し、JBICに戻った後は、パリクラブ(フランスで行われる債権国と債務国の返済に係る国際会合)の担当になりました。今でこそ僕はアジア方面への出張が多いのですが、振り返ると人生で最も出張に行っているのはパリなんですよね。

働き始めてしばらく経ち一通り仕事にも慣れてきた頃、自分自身の関心が徐々に国単位のマクロな支援よりも事業単位のミクロな支援にシフトしていきまして、そろそろ転職してみようかなと。当時は漠然とではあったものの、ベンチャービジネスはこれからもっと面白くなるだろうという直感から、次のキャリアにDIを選びました。2005年入社ですから、三宅さんが入社した1年後ですね。

2010年までは主に戦略コンサルティングを担当。複数社の大企業のプロジェクトを経験しましたが、そのうちに海外進出案件を担当することが増えまして、その後DI自身もベトナムに進出。ベトナム現地法人社長として、現地政府のコンサルティングや、DIアジア産業ファンドの立ち上げなどを行いました。結構な修羅場はくぐってきた自信があります(笑)。現在は日本を拠点に国内と海外を含めた投資事業全般を担当しています。

② お二人の現在の仕事について教えてください。

三宅:
私が担当しているのは大企業向けの戦略コンサルティングです。元々DIはベンチャー企業支援が出自の企業なので、いわゆるコンサルテーションに留まらず、新規事業や事業創造のお手伝いをさせて頂いているところに面白さとユニークさがあると感じています。

我々がやっていることは、社内外の色々な知見を統合し、必要なプレーヤーをどんどん巻き込みながら、ビジネスをプロデュースしていく仕事です。だから社員の名刺も「コンサルタント」ではなく「ビジネスプロデューサー」としています。


お客様の抱える課題を解決するだけでなく、もっと大きな事業・産業へと発展させて社会全体を良くしていこうという思想がベースにありますね。こうした思想をもとに、2008年頃に新しく提唱したのが「産業プロデュース*」という考え方です。

*参考書籍:『産業プロデュースで未来を創る』三宅孝之・遠山みず穂 (著)

DIは創業以来、新規事業やベンチャー企業にこだわり続けてきたが故に、自由な発想が生まれる土壌が形成されています。社会的課題を解決するため、既存の枠組みを超えて産業ごと創り、複数の大企業やベンチャーと連携し、数千億円規模の事業を創出する-こういった個社ではなしえないような社会的にインパクトの大きな事業を創ることは我々が得意とするところです。
DIにしかできないコンサルティングの形がもっとあるんじゃないかと思っていて、それはずっとチャレンジし続けています。

細野:
僕は事業投資とベンチャー投資を担当しています。

これまで十数年に渡ってコンサルティングと投資を見続けてきた経験からすると、今は最も大企業とベンチャー企業の親和性が高くなっているタイミングだと感じています。言い換えると、DIの強みが必要とされている時代だという認識があり、とても面白い時期ですね。

その一方で、現時点で僕らが提供できるサービスは、まだまだ十分にお客様のニーズをキャッチアップしきれていないとも感じております。大企業もベンチャー企業も、求めているサービスや価値がどんどん変わってきていますので、お客様の求めているニーズに応えられるよう、ニーズの周辺領域を中心に事業範囲を拡大していければと考えています。新規事業創造に資するメニューを補強していきたいですね。

手前味噌ですが、DIの投資実績は、IPO28社・投資社数150社・勝率46%(18年12月末時点)となっておりまして、これはまずまずのパフォーマンスではないかと捉えております。これは10年以上にわたって投資を続けてきた積み重ねが背景にあるのは事実ですが、その豊富な経験が徐々に実となって、投資の地力につながっていると実感しています。

【後篇】につづく

 

プロフィール:三宅 孝之(取締役)
京都大学工学部卒業、京都大学大学院工学研究科応用システム科学専攻修了(工学修士)。
通商産業省(現 経済産業省)、A.T. カーニー株式会社を経て、DIに参加
ベンチャー制度設計、国際エネルギー政策の他、幅広い政策立案の省内統括、法令策定を経験したのちコンサルティング業界へ。
感銘を受けたDIの創業理念(ソニーやホンダを100社つくる)の実現のため、社会的課題から大きな事業創造を生み出すコンセプトである「産業プロデュース」及び「ビジネスプロデュース」を確立。常に新しい挑戦をすることをモットーとし、多数の大企業、ベンチャー、政府と、業界や業態を超えた大規模な連携によりビジネスを生み出すことを得意とする
「3000億円の事業を生み出すビジネスプロデュース戦略」「3000億円の事業を生み出す『ビジネスプロデュース』成功への道」(PHP研究所/共著)、「産業プロデュースで未来を創るー新ビジネスを次々と生み出す思考法」(日経BP社/共著)を執筆。
東洋経済オンライン「ビジネスプロデューサー列伝」シリーズのインタビュアーの他、多数の講演をこなす
プロフィール:細野 恭平(取締役)
東京大学文学部卒業、サンクトペテルブルク大学(ロシア)留学、ミシガン大学(米国)公共政策学修士(MPA)、国際協力銀行を経て、DIに参加
「世界で戦える企業を創る」ためにDIに参加
– コンサルとベンチャー投資の両面から戦えるのは、DIだけだと思った
「DIのグローバルビジネス」を推進
– ベトナム時代は、戦略コンサルタント、かつ50億円のファンドマネージャー
– アジア各国の事業に精通
– 投資先のベトナム上場企業の再生を主導する修羅場も経験
「インキュベーション」で世界を変える
– 現在は、DI全体の投資を担当。日米印へのグローバル・ベンチャー投資を拡大
– 最先端のアメリカから、ラスト・フロンティアのインドまでを投資で紡ぐ

 

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