“FinTech”が生み出すNext Generation~時代はFinTech 2.0へと変貌を遂げる~
近年急激に注目を集めているFinTechとは一体何者なのか、3回にわたってその正体を暴いていくこのシリーズ。
第1回目の記事では、具体的なデータや事例を用いながら、国内外のFinTech業界を俯瞰し、第2回目の記事では、「人」に注目して、FinTech躍進の背景をさらに深く見ていった。
第3回目となる本稿では、歴史を俯瞰しながら、今騒がれているFinTechの正体を暴いていきたいと思う。
20年の歴史を持つFinTech業界
日本では昨年当たりから注目されるようになったFinTechだが、必ずしもここ数年で登場したものではない。
FinTechという言葉の定義がFinancial×Technologyであることを鑑みると、実はそれは1990年代中盤から端を発して今に至っており、約20年の歴史を持つ。
1995年頃から始まったインターネットを中心とするIT技術の急激な普及に伴い、FinTechが登場してきたということを忘れてはいけない。
これは、Venture Scannerの資料(グローバルのFinTechスタートアップの創業年度分布)を見ても明らかである。
(出所:Venture Scanner 2015年度調査)
では、この20年の間にFinTechはどのように変化してきたのか。
FinTech先進国の米国にフォーカスを置き、分野別にその潮流をまずは押えていきたい。
インターネットの普及により、最初に変化・影響を受けたのは、資産運用や投融資といった分野であろう。
資産運用分野では、1994年にK. Aufhauser & Companyが世界で初めてネットによる証券取引を始めて以来、1996年には一時世界最大手にもなったE*Tradeが創業し、ネット証券が乱立する時代に突入した。
投融資分野も同様に、1995年に世界初のネット専業銀行であるSecurity First Network Bankが開業して以来、2000年前後までの間に多くの事業者が参入することとなった。
銀行・証券領域では、インターネットの普及により大きくプレイヤーが変わりつつあるように見えた(実際のところは、その栄光は2002年のITバブル崩壊と共に、多くが大手金融機関に吸収合併され、一時的な終焉を見せたのだが)。
これよりも少し遅れて2000年前後に変化・影響を受けたのが、決済分野である。
1998年に創業したネット決済のPaypalは、1990年代末期のEコマースの爆発的な伸びに乗っかり大きく成長。
先月Paypalが買収交渉に入っているとの報道があった、国際間送金サービスで有名なXOOMが創業したのも2002年である。
2002年にITバブルが崩壊して一時FinTechは下火に入ったように見えたが、それも2000年代中盤から徐々に回復していき、2010年前後には最盛期に入った。
資産運用分野では、2008年にBetterment、2009年にPersonal Capitalと立て続けにオンラインでの投資助言サービスが登場。
これに併せ、資産管理分野、通称PFMも登場し、アカウントアグリゲーション技術やビックデータ解析技術を活用した、資産を見える化にも成功した。
投融資分野では、P2Pレンディングを中心としてクラウドファンディングが登場。
2007年にはP2Pレンディングで初めて上場を果たしたLending Club、2010年には投資型クラウドファンディングで一躍注目を浴びたAngelListが創業している。
決済分野では、Paypalの進化版とも言えるネット決済のStripeが2010年に創業したのに加え、新たにスマートフォンを中心としてモバイル決済領域が登場した。2009年に創業したSquareやBokuがこれに当たる。
会計・業務支援分野では、クラウド型システムが登場し、クラウド会計で有名なXeroが2006年に、経費精算に特化したExpensifyが2008年に創業した。
このように歴史を俯瞰すると、FinTechには2つの波が存在することがわかる。
第1の波は1990年代中盤~2000年頃、第2の波は2000年代後半~現在である。
そして、この2つ波には違う性質があることを見落としてはいけない。
(出所:DI作成)
第2の波が起きた背景は何か
2000年代後半から再度FinTechが盛り上がった理由は何か。
それは、大きく分けると「テクノロジーの進歩」×「規制緩和」にある。
まず、テクノロジーの変化を見てみると、大きく3つの流れに分類することができる。
- モバイルシフト(スマートフォンの台頭)
- クラウド化
- ビッグデータ・AI技術の進化
2007年にiPhoneが登場して以降、グローバルで急激にモバイルシフトの波が起き、スマホエコノミーと呼ばれるほど、スマートフォン中心にサービスが再構築されるようになった。
御多分に漏れず、金融業界でもスマートフォン中心のサービスが登場し、モバイルシフトの影響は大きかったと言えよう。
PFMツールやモバイル決済が登場したのは、まさにこの技術進化のお陰である。
クラウドコンピューティングという用語は、2006年にGoogleCEOであるエリック・シュミットによる発言が最初とされ、2000年代後半から急激に普及してきた。
ハーバード・ビジネス・レビューで編集長も務めたニコラス・G・カーは、その著書「クラウド化する世界~ビジネスモデル構築の大転換」にて、クラウドコンピューティングの本質を「ITの所有から利用へ」と定義しているが、まさに金融業界においてもこの変化が起きた。
会計・業務支援分野では、クラウド型システムが登場により、これまでコスト的な要因でITを所有できなかった中小企業にまで、大きく裾野が広がっていった。
元来、金融業界では高度な金融工学を用いた市場分析等にビッグデータ・AI技術を用いてきたが、直近のビッグデータ・AI技術の進化は、より個人の状況やニーズを可視化することに成功したという点で、金融業界の中でも下流(ユーザーサイド)への変化をもたらした。
これにより、オンラインでの投資助言サービスやクラウドファンディングが急速に伸びていくこととなった。
そして、この動きはモバイルシフトにより個人データのセンシング機能が大きく伸びたことも相まって、現在急激に加速している。
一方で、「規制緩和」の側面も忘れてはいけない。
規制業界の最たるものである金融業界において、これ程までにFinTechが盛り上がってきたのには、実社会の変化にようやく政府の規制緩和が追い付いてきたという側面も大きく寄与しているであろう。
2012年に施行されたJOBS法は、株式型クラウドファンディングを可能にし、スタートアップや中小企業の資金調達の幅を大きく広げた。
また、電子文章に対するいくつかの規制緩和は、クラウド型の会計・業務システムの拡大に大きく貢献した。
このように、インターネット普及以降の更なるIT技術の革新と、それに合わせた政府による規制緩和が相まって、第2の波が起き、FinTechが急激に注目されることとなった。
この栄枯盛衰は、IT分野の調査・助言を行うガートナー社が提案するハイプ・サイクルに例えても面白いかもしれない。
つまり、1995年当たりからのインターネットの普及により登場したFinTech第1の波は、2000年前後に「過度な期待」のピーク期を機に一時下火になったものの、IT技術の更なる発展・成熟と社会においてその技術を受け入れる土壌(規制緩和)が出来上がってきたことで、啓蒙活動期である第2の波が起きた、と言えるのではないか。
そして、仮に、このハイプ・サイクルがFinTech業界でも適用されるのであれば、FinTechはこれから「生産性の安定期」に入っていき、本格的に社会基盤に浸透していくことになるとも言えるかもしれない。
(出所:ガートナー ジャパン株式会社HP)
第2の波の意味するところ
さて、これまで20年に渡るFinTechの歴史を見てきたが、これは一体何を意味するのだろうか。
第1の波と第2の波は本質的に何を意味し、第2の波は金融業界にどのような影響を与えることになるのだろうか。
インターネットの普及に伴うネット証券・銀行の登場といった第1の波は、端的にいうと水平的な変化であった。
金融機関の顧客に対する姿勢や提供する価値が大きく変わったというよりも、インターネットによって単に繋がったというシンプルな変化であったと言える。
これに対し、近年起きている第2の波は垂直的な変化と言える。
金融機関とユーザー・顧客の関係性やバリューチェーンが大きく変化しているのだ。
具体的に言えば、これまでは金融機関とユーザー・顧客の関係性が1対多数であった第1の波に対し、第2の波では1対1の関係性に変化している。
サービス・プロダクト中心であった金融業界が、ユーザー志向の金融業界へと変貌を遂げているのだ。
そしてこれに伴って、バリューチェーンにおいて、金融取引システムといった上流にある基幹システムから、ユーザーデータ・情報をいかに押えるかという下流のインターフェース部分に付加価値が移りつつあるように思える。
この顕著な事例として、決済分野が挙げられるだろう。
例えば、昨年当たりからAppleやGoogleが決済事業に参入してきたが、これは端末を通じてユーザーを押えているという強みを生かし、業界構造を変えようとしている動きとして捉えられる。
これは、ユーザーデータを押えているAppleやGoogleが、与信審査手法や加盟店管理手法が一変させる力を持つ可能性があり、現在、イシュアーやアクワイヤラーが提供している付加価値が奪われることを意味する。
結果、既存決済事業者は決済機能のみをシステム提供するベンダー的立ち位置に立たされ、実質的には「土管化」が進むこととなる。
このように、FinTech業界における第2の波は、第1の波と本質的に違うものであり、金融業界を大きく変化させる可能性があるのだ。
仮にサービス・プロダクト中心で1対多数の関係性であった第1の波を“FinTech 1.0”を呼ぶのであれば、ユーザー中心で1対1の関係性である第2の波は“FinTech 2.0”と定義づけられるだろう。
時代は“FinTech 1.0”から“FinTech 2.0”へと突入
FinTech 1.0時代では、インターネットを中心とするIT技術の普及により、色々なサービス・プロダクトが繋がった。
例えば、金融業界のB2Bの世界では、世界の金融機関同士の取引をつなげるためにSWIFTなどの標準化が行われ、異なるシステム同士を連携させていった。
日本国内であれば、決済リスク低減に向け日銀RTGS(日銀リアルタイムグロス決済)が導入され、金融機関はそれに併せてシステムを構築し繋ぎ込んでいったのだ。
しかし、ユーザーに対してはネットで繋がったものの、中心的存在は大手金融機関のままで、画一的(1対多数)なサービスが提供されていた。
一方、FinTech 2.0の時代では、モバイルシフトやクラウドを中心とした更なるIT技術の進化により、様々なアプリケーション(システム)を通じて、個人と企業、個人と個人までもがシームレスに繋がっていく。
これにより、今後は個人を中心としてシステムが構築され、アプリケーションを通じて個別ニーズに合わせたサービスが提供されていくだろう。
また、IT技術の進化によりコストが低下することで、これまではコスト高により対象となる顧客が限定的であったプライベートバンクといったサービスが、裾野を広げていくかもしれない。
金融機関は画一的なサービスを提供しているだけでは、また、持っている一部の個人資産データのみを対象にカスタマイズされたサービスを提供しているだけでは、ユーザーに飽きられてしまう。
(出所:DI作成)
FinTech 2.0時代の戦い方
今後、大手金融機関・FinTechスタートアップの双方にとって、FinTech 1.0時代の変化とFinTech 2.0時代の変化の本質をきちんと理解した上で戦略を作り上げていくことが求められる。
そして、その戦略の中で、個人資産を如何に把握/分析し、個別ニーズに合わせたサービスを提供できるか、が大きな差別化要素になっていくのは必須であろう。
直近8月25日に発表のあった、マネーフォワードの住信SBIや静岡銀行との協業発表は、正にこの動きの一つなのかもしれない。
DIとしては、FinTech 2.0時代の中核となるのはどのようなプレイヤーなのか、今後も引き続き注目して見ていきたいと思う。
第一回の記事はこちら:http://www.dreamincubator.co.jp/next_g/21808.html
第二回の記事はこちら:http://www.dreamincubator.co.jp/next_g/22421.html
ビジネスプロデューサー 林 俊助
東京大学経済学部金融学科卒業を経て、DIに参加。
DIでは、金融/通信/環境エネルギー/商社/医療/消費財などの多岐にわたる分野に対する、成長戦略及び中期経営計画策定、海外展開戦略構築、新規事業開発などに従事。近年は、ベンチャーキャピタル事業にも注力しており、国内外の金融/デジタルメディア/環境エネルギーなどの分野における投資判断、戦略策定、実行支援も経験。
中国上海市出身。