UberとAirbnbを支えるAPIエコノミー:DIが読む「Disruptor 50」
配車アプリを提供しているUberは、世界70ヵ国以上でサービスを展開しており、評価額は6兆円を超える。実際にそのサービスを使ってみると、タクシーの位置情報がスマホにリアルタイムで表示され、ドライバーと簡単に連絡を取ることができ、決済も自動的になされるなど、とにかく便利である。
非常に便利なUberのアプリであるが、実はこのUberのアプリ、「API」という仕組みによって、他社の様々なサービスを組み合わせることでできているのである。
この「API」という言葉は聞きなれないかもしれないが、APIは、様々なサービスをつなげ、ビジネスの展開を加速するものとして、現在注目を集めつつある。
APIが可能にするエコシステムは「APIエコノミー」と呼ばれるが、IBMが「APIエコノミー」の市場規模は2018年までに220兆円になると試算しているように[i]、「APIエコノミー」のもたらすインパクトは非常に大きい。
一昨年、昨年と、我々は「Disruptor 50」のリストを参照することで、スマホの普及とネットの爆速化によって生まれた「つながる世界」の分析を行ってきたが、今年のリストに掲載されている企業をよく見てみると、これらの企業が互いにAPIによってつながりながら、「APIエコノミー」を形成して、ビジネスを展開していることがわかる。
今回の記事では、この「APIエコノミー」という観点からDisruptorたちを分析することで、「つながる世界」の最新の動向をご紹介したい。
■Uberを支えるAPI
API(アプリケーション・プログラム・インターフェイス)とは、プログラミングの用語で、「あるアプリケ―ションから別のアプリケーションのデータや機能を呼び出す仕組み」のことをいう。そして、この仕組みは現在、ビジネスの環境を大きく変えつつある。
例えば、もしUberのアプリをつくろうとするなら、タクシーの運転手と利用者をマッチングさせる機能に加えて、①現在地を表示する地図機能、②運転手と利用者が連絡をとる機能、③決済を行う機能、の3つの機能が必要である。ただ、これらを自前で一からつくろうとすると、膨大な時間とコストがかかってしまう。
この問題を解決するのが、「地図」や「決済」などの機能を、一つの「部品」として他社のアプリに提供するサービスであり、そのための仕組みがAPIと呼ばれる。
Uberは、「地図」、「通話・SMS」、「決済」などのAPIを組み合わせることで、「マッチング」という自らのコア機能の開発に専念し、サービスを迅速に立ち上げることができた。様々なサービスをつなげるAPIによって、誰もが高度な機能を簡単にアプリに組み込める時代が到来したのである。
UberはAPIにより他社のサービスとつながることで、迅速にビジネスを立ち上げた
■レイヤーを抑えることでプラットフォームを形成したTwilio
さて、このUberに「通話・SMS」のAPIを提供しているのが、4年連続で「Disruptor 50」にランクインし、今年の6月にIPOしてテック業界を沸かせたTwilio(39位)である。Twilioは日本での知名度こそあまりないものの、ディベロッパー・アカウントの数は100万を超えており、時価総額も8月16日の時点で約5000億円となっている。
Twilioのビジネスモデルの優れた点は、単にAPIを「部品」として提供するだけではなく、APIを「プラットフォーム」へと変化させたことにある。
まず、Twilioは「通話・SMS」という機能に特化することで、自社のAPIを様々な企業に提供してきた。今年のリストだけでもUber(1位)やAirbnb(2位)、Lyft(27位)、SurveyMonkey(32位)、Instacart(50位)といった企業がTwilioのAPIを利用しており、Twilioが業界の枠を超えて、「通話・SMS」という機能のレイヤーを抑えていることが分かる。
様々なサービスにAPIを提供し、「通話・SMS」のレイヤーを支配することで、TwilioのAPIの価値は飛躍的に高まった。その結果、Twilioは今年の5月に、自身のAPIのアドオン(拡張機能)のマーケットプレイスを開設するに至った。
メッセージの送り手の感情を評価するIBM Watsonのアドオン
などが販売されている(出所:Twilio Add-ons Marketplace)
「通話・SMS」のレイヤーを抑えたTwilioのマーケットプレイスには、当然多くのAPIの利用者が買い手として集まる。それゆえ、Twilioのマーケットプレイス向けにアドオンを開発することは、他社にとって非常に魅力的な選択である。
一方で、Twilioの側からすると、他社がAPIの機能を拡張してくれる上に、他社のアドオンの販売額の25%がTwilioの取り分になるという仕組みになっている。こうした仕組みを設計できるのは、Twilioが自社のサービスを部品化して「通話・SMS」というレイヤーを抑えることで、プラットフォーマ―として振る舞うことができるようになったからなのである。
APIを提供することでプラットフォームを形成したTwilio
■APIエコノミーの時代
そもそも、APIそのものは、ネットではなくローカルの複数のシステムを連携させるための仕組みとして、古くから使われてきたものである。例えばWindows上で動作するアプリケーションをつくるためには、Windows OSの各機能を呼び出すためにWindows APIを使用する必要があった。
APIが「ネットを介した他社との連携」という意味合いを帯びてきたのは、2005年頃に始まった、いわゆる「Web 2.0」の時代からである。
「Web 2.0」の時代には、OSに依存せずにWebブラウザ上で作動するウェブ・アプリケーションが広く使われるようになっていった。そして、それらのウェブ・アプリケーションに対して、様々なサービス(Yahoo!オークション、オリコンなど)がデータをAPIで提供するになった。
ただ、この時代に提供されたのは、あくまで個々のサービスが保有している「データ」が中心であった。
スマホ・タブレットが普及して、様々なアプリが登場し、さらにクラウドを経由してサービスを呼びだすことが可能になると、APIによって「サービスそのもの」を部品化・レイヤー化し、他社に提供する動きが生まれた。
以前、我々はメッセンジャーBotの登場が、アプリを淘汰していくという潮流をご紹介したが、サービスの部品化・レイヤー化の動きは、こうした潮流とも関係している。サービスを部品化して他社に提供すれば、自社のアプリを直接使ってもらわなくても、消費者にサービスを届けることができるからである。
例えば、Uberはコード数行で設置できる「Uberボタン」のAPIの提供を昨年末に開始した。これによって、他社のサービスに設置されたUberボタンを押してもらうことで、自社のアプリをダウンロードしてもらわなくても、サービスを届けることができる。
Uberは様々なAPIを組み合わせて配車サービスをつくるだけではなく、APIによってできた配車サービス自体をさらにAPI化することで、「配車サービス」という新たなレイヤーを構築しようとしているのである。
配車サービスを部品化・レイヤー化したUber
同じく配車サービスを提供しているLyft(27位)も、Uberに追従する形で今年の3月からAPIの提供をはじめたが、Uberは「Uberボタン」と一緒に他社の配車サービスへのリンクを置くことを禁止することで、自社が作り出したレイヤーへの影響力を確固たるものにしようとしている。
こうしてみると、APIを利用したUberのビジネスモデルは鉄壁であるように思える。ただ、一段視座を高くすると、Uberにとっての真の脅威は、同じ配車のレイヤーで競合しているLyftなどの企業ではなく、地図のレイヤーを支配しているGoogleであることがわかる。
UberがGoogleマップのAPIを利用しているのは、先にみたとおり。このため、Uberの利用者がタクシーを配車するたびに、APIを通じてGoogleマップの機能が呼び出され、いつ・どこで配車が行われたかなどの交通パターンのデータが、大量にGoogleへと流出することになる。
これは、Uberにとって脅威であるGoogleの自動運転の開発を後押ししていることになるし、GoogleがUberへの地図機能の提供を打ち切ったうえで、配車サービスに進出するということも考えられる。
このように、他社のAPIを利用することは、ビジネスの展開を加速する一方で、様々なリスクを抱えることも意味する。Uberが現在500億円もの資金を投入して独自のマップを作成し、データを囲い込もうとしているのは、こうした背景からである。
■結び
APIエコノミーの時代においては、様々なサービスが部品化・レイヤー化し、複雑な力関係のもとでつながっていく。
昨年、一昨年に続き、我々は「Disruptor 50」のリストを通じて、スマホの普及とネットの爆速化によって生まれた「つながる世界」の分析を行ってきたが、今年のリストによって、APIエコノミーの潮流が「つながる世界」に新たな展開をもたらしていることが見えてきた[ii]。
APIエコノミーの潮流は力強いが、まだまだ発展途上である。この記事を書いている間にも、マイクロソフトがExcelをAPIによって部品化・レイヤー化するという動きがあった[iii]。我々はもはや、明日のビジネスを構想するうえで、APIエコノミーを無視することはできないだろう。
[i] IBMによる次のリリースを参照 IBM Unveils Matchmaking Technology to Navigate API Economy なお、この記事では1ドル100円で日本円に換算している。
[ii] 本稿では紹介できなかったが、Fintechの企業で今年のリストにランクインしているKlarna(9位)やStripe(29位)もAPIを提供することで決済のレイヤーを抑えようとしているし、主に中小企業向けに融資を行っているKabbageは、APIエコノミーを利用して、従来の銀行よりも迅速かつ正確に顧客の信用力を判断しようとしている。Kabbageのビジネスモデルについては、次の記事をご覧いただきたい。担保の有無でなくSNS情報を元に審査し融資(日経ビジネス)
[iii] マイクロソフトがExcelのAPIを一般公開し、APIの利用者はエクセルの機能を簡単にアプリに組み込むことができるようになった。詳しくはマイクロソフトによる次のリリースを参照 Announcing the general availability of the Microsoft Excel API to expand the power of Office 365
ビジネスプロデューサー
新居 示雄(あらい ときお)
東京大学教養学部教養学科卒業後、DIに参加。
大学時代は、ドイツ現代思想を専攻し、科学技術の発展がもたらす社会・文化的な価値観の変容に関する研究に従事。
DIでは、大手消費財メーカーの新規事業戦略の立案に加え、海外ベンチャーの動向や事業モデルの調査・分析等に従事。